代替医療情報
(CAM: Complementary and Alternative Medicine)
北陸大学副学長・薬学部長 薬学臨床系薬理学分野
光本 泰秀 教授
53
認知症の治療はどこへ向かうのか?
我が国では高齢化の進展とともに,認知症と診断される人も増加している。65歳以上の高齢者を対象にした令和4年度(2022年度)の調査の推計では,認知症の人の割合は約12%,認知症の前段階と考えられている軽度認知障害(MCI)の人の割合は約16%とされ,両方を合わせると、3人に1人が認知機能にかかわる症状があることになる。認知症の中では、アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病,AD)がその代表疾患で最も多く,全体の50から75パーセントを占めると考えられている。ここではADに対する治療(薬)のこれまでを振り返るとともに1),認知症の予防に関して最近の知見を紹介したい。
現在,国内では3 種類のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル,ガランタミン,リバスチグミン)とNMDA 受容体拮抗薬(メマンチン)が,実臨床においてAD患者に処方されている。これらの抗認知症薬は,ADの病態研究において提唱されたコリン仮説やグルタミン酸仮説に基づき創薬された症候改善薬(symptomatic drugs)である。症候改善薬は,認知機能障害などの症状を一時的に改善させる効果は期待できても,脳内の病理変化の進行を遅延させたり阻止したりすることはできない。一方,疾患修飾治療法(disease-modifying therapy: DMT)は,認知症の病態に直接作用して,脳内病変の進行を抑える効果を有するため,根治療法を目指した治療法である。これまでDMTを目指した薬剤の開発は,アミロイドカスケード仮説に基づいて進められてきたが,有効性や安全性の両面から満足な結果がえられないまま,開発中止に至った薬剤も多い。近年,抗凝集体アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体製剤(レカネマブ,ドナネマブ)が国内でも臨床現場に登場した。本剤の適応は,MCIと軽度アルツハイマー型認知症と診断された方が対象となる。ただ,AβはADの症状が発症する15~20年ほど前から大脳皮質に蓄積することが観察されていることから,Aβを標的とした治療介入時期としては,無症状か軽度認知障害に至らない超早期(プレクリニカル期AD)に設定することが望ましいと考えられている。
英国のLivingston氏らは,認知症に対する予防や介入,ケアに関し最新の研究状況や取り組みについて報告している2)。2020年に報告された12の認知症のリスク要因(教育不足,頭部外傷,身体活動不足,喫煙,過度のアルコール摂取,高血圧,肥満,糖尿病,難聴,うつ病,社会的孤立,大気汚染)に,今回新たに2つの要因(視力障害と高コレステロール)が加えられた。同報告では,生涯にわたる認知症リスク低減のため,これら14のリスク要因に対する対策を推奨している。一方,リスク要因を低減し,認知症に対する防御を目的とした非薬物療法についてもこれまでエビデンスが蓄積している3)。運動,ストレス対処,社会活動,睡眠,精神活動,食事療法などの非薬物療法である。認知症のリスク要因を低減し,防御因子となるこれらのアプローチは,我々のライフスタイルと密接に関係していることから,日頃から意識を高めることで認知症の予防に結びつけたいものである。
【参考資料】
1)光本泰秀.抗認知症薬のこれまでとこれから-新たな薬物治療戦略に向けて-.認知神経科学 2025; 27 (2): 28.
2)Livingston G, Huntley J, Liu KY, Costafreda SG, Selbæk G, Alladi S, Ames D, Banerjee S, Burns A, Brayne C, Fox NC, Ferri CP, Gitlin LN, Howard R, Kales HC, Kivimäki M, Larson EB, Nakasujja N, Rockwood K, Samus Q, Shirai K, Singh-Manoux A, Schneider LS, Walsh S, Yao Y, Sommerlad A, Mukadam N. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet 2024; 404 (10452): 572-628.
3)Rhoads K. Non-pharmacological Treatment of MCI and Dementia. May 10, 2024 Project ECHO® Dementia. https://depts.washington.edu/mbwc/resources/echo-may-10-2024.
(CAM: Complementary and Alternative Medicine)
光本 泰秀 教授
53
認知症の治療はどこへ向かうのか?
我が国では高齢化の進展とともに,認知症と診断される人も増加している。65歳以上の高齢者を対象にした令和4年度(2022年度)の調査の推計では,認知症の人の割合は約12%,認知症の前段階と考えられている軽度認知障害(MCI)の人の割合は約16%とされ,両方を合わせると、3人に1人が認知機能にかかわる症状があることになる。認知症の中では、アルツハイマー型認知症(アルツハイマー病,AD)がその代表疾患で最も多く,全体の50から75パーセントを占めると考えられている。ここではADに対する治療(薬)のこれまでを振り返るとともに1),認知症の予防に関して最近の知見を紹介したい。
現在,国内では3 種類のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル,ガランタミン,リバスチグミン)とNMDA 受容体拮抗薬(メマンチン)が,実臨床においてAD患者に処方されている。これらの抗認知症薬は,ADの病態研究において提唱されたコリン仮説やグルタミン酸仮説に基づき創薬された症候改善薬(symptomatic drugs)である。症候改善薬は,認知機能障害などの症状を一時的に改善させる効果は期待できても,脳内の病理変化の進行を遅延させたり阻止したりすることはできない。一方,疾患修飾治療法(disease-modifying therapy: DMT)は,認知症の病態に直接作用して,脳内病変の進行を抑える効果を有するため,根治療法を目指した治療法である。これまでDMTを目指した薬剤の開発は,アミロイドカスケード仮説に基づいて進められてきたが,有効性や安全性の両面から満足な結果がえられないまま,開発中止に至った薬剤も多い。近年,抗凝集体アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体製剤(レカネマブ,ドナネマブ)が国内でも臨床現場に登場した。本剤の適応は,MCIと軽度アルツハイマー型認知症と診断された方が対象となる。ただ,AβはADの症状が発症する15~20年ほど前から大脳皮質に蓄積することが観察されていることから,Aβを標的とした治療介入時期としては,無症状か軽度認知障害に至らない超早期(プレクリニカル期AD)に設定することが望ましいと考えられている。
英国のLivingston氏らは,認知症に対する予防や介入,ケアに関し最新の研究状況や取り組みについて報告している2)。2020年に報告された12の認知症のリスク要因(教育不足,頭部外傷,身体活動不足,喫煙,過度のアルコール摂取,高血圧,肥満,糖尿病,難聴,うつ病,社会的孤立,大気汚染)に,今回新たに2つの要因(視力障害と高コレステロール)が加えられた。同報告では,生涯にわたる認知症リスク低減のため,これら14のリスク要因に対する対策を推奨している。一方,リスク要因を低減し,認知症に対する防御を目的とした非薬物療法についてもこれまでエビデンスが蓄積している3)。運動,ストレス対処,社会活動,睡眠,精神活動,食事療法などの非薬物療法である。認知症のリスク要因を低減し,防御因子となるこれらのアプローチは,我々のライフスタイルと密接に関係していることから,日頃から意識を高めることで認知症の予防に結びつけたいものである。
現在,国内では3 種類のアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル,ガランタミン,リバスチグミン)とNMDA 受容体拮抗薬(メマンチン)が,実臨床においてAD患者に処方されている。これらの抗認知症薬は,ADの病態研究において提唱されたコリン仮説やグルタミン酸仮説に基づき創薬された症候改善薬(symptomatic drugs)である。症候改善薬は,認知機能障害などの症状を一時的に改善させる効果は期待できても,脳内の病理変化の進行を遅延させたり阻止したりすることはできない。一方,疾患修飾治療法(disease-modifying therapy: DMT)は,認知症の病態に直接作用して,脳内病変の進行を抑える効果を有するため,根治療法を目指した治療法である。これまでDMTを目指した薬剤の開発は,アミロイドカスケード仮説に基づいて進められてきたが,有効性や安全性の両面から満足な結果がえられないまま,開発中止に至った薬剤も多い。近年,抗凝集体アミロイドβ(Aβ)モノクローナル抗体製剤(レカネマブ,ドナネマブ)が国内でも臨床現場に登場した。本剤の適応は,MCIと軽度アルツハイマー型認知症と診断された方が対象となる。ただ,AβはADの症状が発症する15~20年ほど前から大脳皮質に蓄積することが観察されていることから,Aβを標的とした治療介入時期としては,無症状か軽度認知障害に至らない超早期(プレクリニカル期AD)に設定することが望ましいと考えられている。
英国のLivingston氏らは,認知症に対する予防や介入,ケアに関し最新の研究状況や取り組みについて報告している2)。2020年に報告された12の認知症のリスク要因(教育不足,頭部外傷,身体活動不足,喫煙,過度のアルコール摂取,高血圧,肥満,糖尿病,難聴,うつ病,社会的孤立,大気汚染)に,今回新たに2つの要因(視力障害と高コレステロール)が加えられた。同報告では,生涯にわたる認知症リスク低減のため,これら14のリスク要因に対する対策を推奨している。一方,リスク要因を低減し,認知症に対する防御を目的とした非薬物療法についてもこれまでエビデンスが蓄積している3)。運動,ストレス対処,社会活動,睡眠,精神活動,食事療法などの非薬物療法である。認知症のリスク要因を低減し,防御因子となるこれらのアプローチは,我々のライフスタイルと密接に関係していることから,日頃から意識を高めることで認知症の予防に結びつけたいものである。
【参考資料】
1)光本泰秀.抗認知症薬のこれまでとこれから-新たな薬物治療戦略に向けて-.認知神経科学 2025; 27 (2): 28.
2)Livingston G, Huntley J, Liu KY, Costafreda SG, Selbæk G, Alladi S, Ames D, Banerjee S, Burns A, Brayne C, Fox NC, Ferri CP, Gitlin LN, Howard R, Kales HC, Kivimäki M, Larson EB, Nakasujja N, Rockwood K, Samus Q, Shirai K, Singh-Manoux A, Schneider LS, Walsh S, Yao Y, Sommerlad A, Mukadam N. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet 2024; 404 (10452): 572-628.
3)Rhoads K. Non-pharmacological Treatment of MCI and Dementia. May 10, 2024 Project ECHO® Dementia. https://depts.washington.edu/mbwc/resources/echo-may-10-2024.