遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.095
華々しい最先端医療の外にあるなお本態の知れぬ古い薬
一 下垂体前葉のホルモン“プロラクチン“に見る!

  小生はかつてバリバリの薬系大学教員であった頃は、教育面では初年次の「薬学概論」から卒業直前の「薬事関係法規」までの幅広い教科にいわば“八面六臂”の大活躍でしたが、研究面ではいっぱしの実験内分泌学者を以て任じていましたから(参考資料:「遠藤浩良の雑記帳No.008「骨粗鬆症薬としての副甲状腺ホルモンPTH」 今昔譚)、今でも生理的な「ホルモン」そのものについては勿論のこと、そこから派生する内分泌関連の薬に対しては並々ならぬ強い関心があります。

 つまり小生は、例えば「乳汁分泌刺激ホルモン ”prolactin” なんていう名前は、生物界全体の中では僅かに“哺乳類”の、しかも“雌動物”における作用にしか過ぎないのですから、薬剤師でも「プロラクチン」は“他種動物”では、或いは“雄動物”では一体全体何をしているのかなあ?」なんて考えたりすべきだと思うのです。

その視点から、乳汁分泌という生理現象の中で起こる最大の質的変化を考えてみると、乳胞上皮細胞が“水を大量に分泌する”ように分化することに他なりませんから、比較内分泌学者が”プロラクチンは水代謝を調節するホルモンである”と言った時には、これで動物界における“プロラクチン作用の一般法則化”が出来たと大満足したものでした。

ところが、アメリカ生理学会誌に2013年に発表されたメキシコ大学の最新研究

http://ajpregu.physiology.org/content/305/7/R720

Prolactin promotes normal liver growth, survival, and regeneration in rodents: effects on hepatic IL-6, suppressor of cytokine signaling-3, and angiogenesis

によれば、“プロラクチンは肝実質細胞の増殖にも関わっている”というのです。

  とすると、昨今の医療事情と考え合わせれば、肝移植や肝再生医療に当たって、プロラクチンが重要な一つのツールになるかもしれません。また、基礎生物学的に言って、もしかすると、この作用の方がプロラクチンの根源的な作用なのかもしれません。

  此の点に関連して蛇足ですが一言申し上げますと、英語で ”Prolactin ”と書くと ”乳汁分泌促進” という意味がそのまま出てしまいますから、漢字の訳語は当然 “乳汁分泌刺激ホルモン” となりますが、漢字の他に仮名書きという手法を持つ我々日本人は、外来語の場合は発音そのままに片仮名書きしますので、”プロラクチン” とカタカナ書きをした場合には、そこには ”ミルクを作らせる” という意味は全く出てきませんから、上記のような命名の元のなった作用とは全く別な作用を表現する際には障害にはなりませんのでまことに便利ですね。

  このような乳汁分泌促進以外のプロラクチンの作用に関しては、諸外国では結構沢山の研究があるのに、それらはどうした訳か我が国では殆ど報道されません。一例だけご紹介しましょう。

  マウスを使った実験で、妊娠すると血中に増加するプロラクチンの作用により、ミエリンを生成するオリゴデンドロサイトが増えて、髄鞘形成が亢進することが分かったというのです。

http://www.jneurosci.org/cgi/content/abstract/27/8/1812

White Matter Plasticity and Enhanced Remyelination in the Maternal CNS
 J Neuroscience 27(8) 1812-1823 (Feb 21, 2007)

  これが本当ならば、20~40歳の女性に多く、何故か妊娠期間中は症状が寛解することが 知られてはいるものの、その原因は未だ明らかでないため根本的治療法がなく、水溶性コルチコイド薬の大量静注パルス療法に頼るなどが現状で、公費対象の特定疾患に指定されている「多発性硬化症」治療の研究に新しい方向性を与えるかもしれませんね。(申し訳ありませんが、この道に沿ったその後の進展は不勉強で知りません。お許しください。)

  という訳で、医学領域でのプロラクチン研究の最近の進歩をググってみましたら、出て来るわ出て来るわ、ワンサと文献が溢れていましたので、極く一部をご紹介しましょう。

New insights in prolactin: pathological implications.

17 Mar 2015 ... New insights in prolactin: pathological implications. Bernard V(1), Young J(2), Chanson P(2), Binart N(1). Author information: (1)Inserm U1185, 63 rue Gabriel Péri, 94276 Le Kremlin-Bicêtre Cedex, France. (2)Hôpital Bicêtre ...

New insights in prolactin: pathological implications : Nature ...

17 Mar 2015 ... Prolactin is a hormone that is mainly secreted by lactotroph cells of the anterior pituitary gland, and is involved in many biological processes including lactation and reproduction. Animal models have provided insights into the ...

  このレビューは、文献を151報も紹介しているので、勉強には大変便利そうです。

  こんな具合ですから、目移りするケバケバしい先端研究に対してだけでなく、古いホルモンの地道な研究にも、我々は充分目を配らないといけませんね。


2015/05/29