遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.069
“糞便移植”譚のその後

  先日、最近高齢者に多く見られるようになり、バンコマイシンも治癒効果30.8%となかなか薬物療法が効かない、実に手ごわいクロストリジウム・デフィシル菌感染症(CDI)による激しい下痢が、健康人の糞便を十二指腸に注入したら、何と93.8%という高率で治癒したという論文( http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1205037 )をあちこちにご紹介しましたところ、この "fecal transplantation" という治療法が大変に大きな関心を呼びお越しましたので、それでは誰でもお読みいただけるようにと、このサイトに第67号の記事として公開しました。これが大好評を博しましたので、その“臭い話”の続編をここにお送りします。

  “ transplantation ” は直訳すれば「移植」ですが、"fecal transplantation" を「糞便移植」と訳すと日本語のニュアンスとしてシックリこないせいでしょうか、英文記事でも使われている "infusion" を採用して「(糞)便注入」と翻訳して紹介している例も多いので、皆さんもご自身で『便 移植 注入』 および ”fecal transplantation infusion ” をキーワードにして、お暇な折にでも是非インターネット検索してみてください。 日本中はおろか、世界中が今この話で持ち切りなのがよくわかります。

  ところが実は、上述の ”健康者の糞便注入で再発性 C. difficile 感染による重篤な腸炎を治療するという“ オランダの研究から発してよく調べてみますと、該治療法(FMT: fecal microbiota transplantation )は同感染症に限られるものではなく、その対象疾患たるや、消化器疾患だけでも10近くにのぼるばかりでなく、広く代謝性疾患から免疫性疾患に至るまでズラリと並ぶのですと、以下のように、アメリカ・ニューヨーク州ブロンクスにあるMontefiore医療センターの Laurence J. Brandt 氏が、FMTに関するレビューを発表しているのです。

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23318479
Am J Gastroenterol. 2013 Feb;108(2):177-85. doi: 10.1038/ajg.2012.450. Epub 2013 Jan 15.
American Journal of Gastroenterology Lecture: Intestinal Microbiota and the Role of Fecal Microbiota Transplant (FMT) in Treatment of C. difficile Infection.
Brandt LJ. Montefiore Medical Center, Bronx, New York, USA.

  この総説については、以下に詳しい日本語での紹介がありますので、是非ご参照ください。

http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/1303/1303028.html
糖尿病や喘息にも適用!? 広がるか糞便注入の可能性
「健康理解と疾患治療のパラダイムシフトで登場した治療法」

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 FMTをC. difficile感染症以外の消化管疾患および消化器以外の疾患に適用する試みも始まっている。これまでに FMT治療が試みられた疾患のうち,改善(一時的なものも含む)もしくは治癒が報告されている疾患を列記すると,消化器疾患では特発性便秘,炎症性腸疾患 (IBD),過敏性腸症候群(IBS),消化器疾患以外では自閉症,慢性疲労症候群(CFS),糖尿病およびインスリン抵抗性,線維筋痛症,特発性血小板 減少性紫斑病(ITP),メタボリックシンドローム,多発性硬化症,ミオクローヌス・ジストニア症候群,パーキンソン病。パイロット的試みにすぎないとは いえ,実にさまざまな疾患に対してFMTの可能性を探ろうとする動きがあるようだ。
 上記に加え,胆石症,結腸直腸がん,肝性脳症,家族性地中海熱,胃がん・胃リンパ腫,さらに関節炎,喘息,アトピー性疾患,自己免疫疾患,湿疹, 脂肪肝,花粉症,高コレステロール血症,虚血性心疾患,気分障害,肥満,シュウ酸カルシウムを主成分とする腎結石も,腸内細菌叢の変化との関連を認める疾 患であるという(表)。

  以上は、腸内細菌叢の生理という自然の摂理を我々はもっともっと大事にしなければならないという、現代医学においてまさにパラダイムシフトが要求されているという事実を明確に示していると言えるでしょう。

  そこでここに、化学技術の成果である薬物療法に兎角頼りがちな我々薬剤師に対して、生物学に今なお厳に存在する未知な領域にしっかりと目を注がなければならないと警告が発せられている物語として、“糞便移植”の後日譚をご紹介しました。

2013/3/28