
医療機関内でよく起こり、最近では時に市中でも発生している、手ごわい薬剤耐性菌感染症の原因菌としては、皆さん既によくご存じの通り、MRSA(メチシリン耐性黄色ぶどう球菌)が有名です。
ところが、特に最近、長期入院の高齢者が多い医療施設や高齢者施設で、抗菌薬投与中の患者にみられるようになったクロストリジウム・ディフィシル(CD;Clostridium difficile)という菌が注目を浴びています。
CDは、普段は腸内細菌叢の下に隠れて腸粘膜の奥深くに常在しているグラム陽性嫌気性菌の一つで、破傷風菌、ボツリヌス菌、ガス壊疽菌などと並んでクロストリジウム属に属する代表的な菌種です。発見の当初は培養が「困難」(“difficult”)だったことからディフィシル(difficile)と命名されたのです。
この何時もはおとなしいCDが、抗菌薬投与で正常細菌叢が破壊された時に薬剤耐性を獲得して異常増殖した菌交代現象状態(激しい下痢を伴う重篤な腸炎から腸管穿孔にまで及び、時に死に至る)を、クロストリジウム・ディフィシル菌感染症(CDI;Clostridium difficile infection) といいます。CDI の治療には、通常はメトロニダゾールあるいはバンコマイシンの投与が行われます。
参考資料:- ディフィシル菌感染症の基礎と臨床
http://www.eiken.co.jp/modern_media/backnumber/pdf/MM1010_01.pdf - 「Clostridium difficile 関連腸炎」
http://medical.radionikkei.jp/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-120111.pdf - 3-16.クロストリジウム・ディフィシル 関連疾患 (新規)
http://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/kansen/3.16_C._difficile.pdf
治療のためには、薬学的発想からしたら当然のこと、新規抗菌薬の開発ということになります。事実、昨2012年6月にはアステラス製薬さんが、CDI治療薬として「ディフィクリア錠」(一般名:フィダキソマイシンfidaxomicin)を欧州で新発売しています。
各 位 アステラス製薬 クロストリジウム・ディフィシル感染症治療薬「ディ ..
http://www.xinhua.jp/resource/2012/06/120611.pdf
しかしながら、日本では先ず行われていないのに、欧米ではあちこちでかなり前から医師主導型で真剣に数多くの臨床試験が実施されているCDI治療法に、 "fecal transplantation"、"fecal transplants"、"fecal microbiota transplant; FMT"、"fecal bacteriotherapy"、"stool transplant" などと呼ばれるものがあります。
暴れ狂っているCDを創製した新規抗生物質という人工的な化学物質で叩くよりは、人体に内在する本来的な自然の摂理を大事にする方が良い筈だとして、健常な腸内細菌叢を保持している健康人の糞便をCDI患者の十二指腸に注入することで、CDをなだめすかして患者の腸内環境を正常に戻そうというのです。
世界で最も著名な米国の臨床医学誌 New England Jounal of Medicine の最新号(Jan 16, 2013)に載ったオランダを中心とした論文
Duodenal Infusion of Donor Feces for Recurrent Clostridium difficile
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1205037
によると、十分な抗生物質治療を受けたにもかかわらずCDI関連の下痢を再発した成人患者について無作為化試験の結果、健康人糞の十二指腸注入治療の治癒効果は93.8%で、バンコマイシンによる治癒の30.8%を有意に上回ったというのです。
全く同様なことが、以下のように、世界で一番有名な病院の一つであるアメリカの Mayo Clinic でも語られています。効果発現は早く、しかも安価な療法で、有効率は何と90%だから凄いというのです。
Quick, inexpensive and a 90 percent cure rate
http://www.mayoclinic.org/medicalprofs/fecal-transplants-ddue1012.html
患者自身が経験談を語っているサイト http://fecaltransplant.org/ もあります( Fecal Transplants at home cured Ulcerative Colitis – update a year and a half later )。
実はこのような報告は決して今回が初めてではなく、fecal transplant とか stool transplant とかをキーワードにしてインターネットで検索すると、大袈裟に言えば無数に報告がでてきてとても紹介しきれませんので、日本語のものを例示します。
胃腸疾患に“糞便微生物移植”が有望(2011.11.14掲載)
http://www.healthdayjapan.com/index.php?option=com_content&view=article&id=3391:20111114&catid=49&Itemid=98
【新治療】救いの主は母から移植された糞便 腸内感染の重症患者に朗報
http://irorio.jp/yuukashimoda/20120927/29624/
健康者の便を十二指腸に注入,C. difficile感染症治療の切り札に?
バンコマイシン標準療法を上回る効果,オランダ研究
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/1301/1301038.html
ドナーの便の十二指腸注入による再発性C. difficile感染治療 : 一人抄読会
http://syodokukai.exblog.jp/17642428
最初に紹介した論文よりももっと精製して作られたスツール代替製剤(単一の健康なドナー由来の腸内細菌培養液から生成するので、安定で制御と再現が可能)による報告も発表され、日本語でも紹介されています。
Stool substitute transplant therapy for the eradication of Clostridium
difficile infection: ‘RePOOPulating’ the gut
http://www.microbiomejournal.com/content/1/1/3
上記の日本語紹介:クロストリジウム・ディフィシル感染症へのスツール
代替移植治療の効果
http://blog.goo.ne.jp/dbqmw440/e/dadff6e27c31ff6c39f9e29fd02ae38a
このような状況下でロイターは、”糞便移植は近々にCDIの標準治療法になるだろう” と報じています。
Stool Transplants Could Soon Be Standard Treatment For Clostridium Difficile http://www.huffingtonpost.com/2012/11/30/stool-transplants-clostridium-difficile-gut-bug_n_2216991.html
先端医療だけが進んだ医療ではなく、こうした泥臭い医療も負けず劣らず進めなければならない大事な医療に違いないと思いますが、どうして日本では、実施されないばかりか、ろくに紹介すらされないのでしょうか?? 日本の医学、医療の在り方として大いに考えさせられます。
小生自身、つい先日、大腸がんと胃がんの切除手術後フォローとして下部および上部消化管の内視鏡検査を受けましたが、、押し込んだりあるいは呑み込んだりした極微小カメラを装着したチューブの先端から、極く当たり前の操作として、画像を観察し易くするために青い色素液を注入したりしていました。この色素液の代わりに、健康なドナー(外国では、多くの場合、配偶者や家族が選ばれているようですが、実は誰でもいいんです)由来の腸内細菌培養液から精製して作られた「スツール代替製剤」を注入すればよい訳ですから、やろうと思いさえすれば、日本中何処の病院でも、院内製剤として容易に出来ることなのですから。
2013/1/30