遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.065
再び、医薬品の「コンパッショネート使用」について

  皆さん、「コンパッショネート・ユース」(”compassionate use”)という言葉をご存じですか。これは『人道的使用』と意訳されたりもしますが、日本語になり難いものですから、上記のようにそのまま全部片仮名で、 あるいは「コンパッショネート使用」と半分漢字まじりで使われるのが通例です。

  日本薬学会の薬学用語解説(2008.5.14)http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?を見ますと、

”コンパッショネート・ユース”とは 「基本的に生命に関わる疾患や身体障害を引き起こすおそれのある疾患を有する患者の救済を目的として、代替療法がない等の限定的状況において未承認薬の使用を認める制度。アメリカ、ヨーロッパ(EU)などではすでに導入されており、日本では現在、実施のための検討が行われている。」

とあります。

  小生は大腸がんと胃がんを切除しましたが、いずれも極くオーソドックスな癌だったものですから、幸い術後化学療法に際しても健康保険が使える制癌薬で充分でした。しかし、見つかったのが難しい或いは珍しい癌であったりしますと、海外ではそれを適応とした医薬品が既に販売されているのに、日本では開発が遅れていたり、まだ開発に着手もされていないことがままあり(この問題を一般にはドラッグラグ drug lag と呼びます)、そうした場合には、患者本人や家族が患者の命を救うために、それら我が国では販売されていない「未承認薬」(”unapproved drug”)を試したいという希望を強く持つことが当然のごとく生じます。

  欧米諸外国では、これに応える一定の公的なルールが、医薬品の製造販売承認制度の例外的な措置として設けられている場合が多く、「思いやり 或いは同情心のある」という意味の "compassionate” の語を用いて、これを 『未承認薬のコンパッショネーット使用(Compassionate Use of Unapproved drugs)』 と総称しているのです。

  日本にはこのような制度がまだなく、医師または患者の自己責任で国外から未承認薬を個人輸入するしか方法がないため、いろいろな問題が生じて社会問題化し、厚生労働省も2007年には「有効で安全な医薬品を迅速に供給するための検討会」を設けて検討し、さらに2009年には同じく厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」も提言の中でこの問題をとりあげました。

  このような状況の中で、この問題の全貌をよくとりまとめた極めて勝れた総説が、かつて寺岡章雄氏(当時 京都大学公衆衛生大学院健康情報学)から発表されましたので、この42頁にわたる長大な総説をご紹介したことがありました。

http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/109-150.pdf
http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/index_jpt.html
「未承認薬のコンパッショネート使用 ―日本において患者のアクセスの願いにどう応えるか」
 寺岡章雄、津谷喜一郎 薬理と治療38巻(2号) 109―150 (2010)

  この問題について、現在は東京大学大学院薬学系研究科医薬政策学教室に所属される寺岡さんが、このほど亦新たな論文を発表されましたのでご紹介します。

「医薬品のコンパッショネート使用制度(CU) ーなにがCUか・なにがCUではないのかー」
 寺岡章雄、津谷喜一郎  薬理と治療  40(10),  831-40  (2012.10)
http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/review1210.pdf

  CUの日本への導入については、上述後の2010年には、厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」の最終提言にも導入が提言されていますが、残念ながらまだ具体化していません。

  最近の動きでは、2012年9月に厚生労働省が来年度予算の概算請求で、日本版CUの試行実施パイロット事業のために5960万円を計上したことが報じられました。日本版CUの具体化については、上記の肝炎検証委員会の最終提言を受けて開催された「厚生科学審議会医薬品等制度改正検討部会」で審議されましたが、未だ結論を得るには至っておりません。

  今回の論文では、CUに関する最近の動向も含めて、あらためてCUについて整理されています。 タイトルの副題は、EBMの概念がサケット等により導入された当時、世の中でEBMの理解に混乱がみられたので、サケット等が BMJ誌に「なにがEBMか・なにがEBMではないのか」と題する論文を発表した故事に倣ったものだとのことです。

  この論文内容は、先日2012年9月15-16日に鈴鹿医療科学大学で開催された日本社会薬学会でポスター発表されましたが、来る2012年12月1日(土)に沖縄コンベンションセンターで開催される日本臨床薬理学会のパネルディスカッション「日本版コンパッショネート使用制度の創設をめざして」でも発表される予定です。

  早く我が国でも ”未承認薬のコンパッショネート使用” の公的システムが確立されることが期待されます。

2012/11/30