遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.059
何故感染による発熱を直ぐに下げてはいけないか!
ー日本発の基礎研究2題ー

  細菌やウイルスに感染すると熱が出ます。漢方ではこれを体の抵抗力の発現として大事にしますが、西洋医学を生半可に勉強した人の中には、時にすぐ解熱薬で熱を下げたがる人が大勢いますね。

  でもこれは大きな間違いであることを明らかにした基礎研究が、たまたま殆ど同時に、(1)大阪大学大学院医学系研究科と、(2)岡崎にある自然科学研究機構・生理学研究所から発表されました。

  これは大変に大事なことなので、大々的に報道されるに違いないとばかり思っていましたが、その後日本のメディアでもさっぱり騒がれませんので、少し時間が経ってしまいましたが、遅ればせながらご紹介することにします。

 (1) http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n5/full/ncomms1823.html
     Nature Communications 3 (5) 08 May 2012

The cytoplasmic coiled-coil mediates cooperative gating temperature sensitivity in the voltage-gated H+ channel Hv1
Yuichiro Fujiwara, Tatsuki Kurokawa, Kohei Takeshita, Megumi Kobayashi, Yoshifumi Okochi, Atsushi Nakagawa & Yasushi Okamura

国内でこれを報道したのは下記の読売新聞だけだったようです。

http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=58417

細菌感染、発熱で攻撃する体の仕組み解明

 感染すると、発熱して細菌などから身を守る体の仕組みを、大阪大医学系研究科などのグループが突き止めた。科学誌ネイチャー・コミュニケーションズ電子版に9日、発表する。

 グループは、白血球の一種で、体内に侵入してきた病原体を食べる好中球を調べた。好中球は活性酸素を使って異物を殺す。活性酸素をつくるには、水素イオンが必要だ。水素イオンは、好中球の細胞膜にある「水素イオンチャネル」というたんぱく質が通り道となって、細胞内から供給される。二つのイオンチャネルが結合して働くことはわかっていたが、仕組みは未解明だった。

 グループは、マウスのイオンチャネルの結合部分を特定し、構造を解析。結合部分には、たんぱく質のかけら2本がらせん状に絡まっており、体温と同じ37度でほどけ始めた。40度になると完全に離れ、水素イオンを通す量が増えた。

 活性酸素の生成が通常は抑えられ、病原体などに感染すると発熱してイオンチャネルが開き、大量に作られるとみられる。(2012年5月9日 読売新聞)

 (2) http://www.pnas.org/content/early/2012/04/05/1114193109.full.pdf+html
     Pro. N. A. S. April 9, 2012

Redox signal-mediated sensitization of transient receptor potential melastatin 2 (TRPM2) to temperature affects macrophage functions

Makiko Kashio, Takaaki Sokabe, Kenji Shintaku, Takayuki Uematsu, Naomi Fukuta, Noritada Kobayashi, Yasuo Mori, and Makoto Tominaga

国内の簡単な報道例: http://news.mynavi.jp/news/2012/04/10/118/index.html

生理研、マクロファージが体温センサ「TRPM2」で活性化する仕組みを解明

  アメリカ科学アカデミー紀要に発表されたこの研究内容の詳細については、下記の通り、研究所のホームページに詳しく説明したプレスリリースが載っていますので、これをご参照ください。

http://www.nips.ac.jp/contents/release/entry/2012/04/-trpm2.html
免疫をになう細胞「マクロファージ」が体温で活発になる仕組みを解明
―過酸化水素によって温度センサーTRPM2がスイッチ・オンする分子メカニズム―

 加塩麻紀子研究員他と富永真琴教授によるこの研究は、要するに、体内に入った病原体を食べる免疫細胞のマクロファージが産生する活性酸素と細胞膜の陽イオン透過チャネルTRPM2の働きの関係を温度反応性の面から解明したもので、その結果、今回のマウス培養細胞のTRPM2は、通常の過酸化水素が存在しない状態では48度付近の高温でしか反応しないのに、過酸化水素があると37度の平熱でも活性化し、しかも発熱域の38.5度では更に強く反応することがわかったのです。

  要するに、両研究とも、我々が細菌やウイルスに感染した時、更に一般的に言うならば、体外から身体に異物が侵入した時に発熱するのは、好中球やマクロファージといった血液細胞が病気と戦う力を強くするためだということを示しているのです。およそ生体反応に無駄は無いということですね。

  これは、薬局店頭やらベッドサイドやら、いろいろな場面で薬剤師がお客さんや患者さんと会話する中で、コミュニケーションの有用なネタとして大いに使い物になると思います。

  また、大学図書館も今や市民に開放され、司書など図書館職員には健康コンシェルジェとしての役割も期待されている現今では、司書さんにとってもなかなかに良い話題ですね。

  いやそれ以上に、大学の先生方が薬学生を教育するに当たっても、ヒトの体の実に巧妙な生理、病理を正しく理解させて、国民の保健医療に奉仕できる立派な薬剤師を育てるのに大いに役立ちますね。

2012/5/30