遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.057
東日本大震災が提起した
レボチロキシンNa錠の安定供給問題について

  小生は、本サイトのNo.47( 「 乾燥甲状腺」のヨーソ含量にみる日局とUSPの差異 )において、

・・・ 今回の東日本大震災では、市場で日本薬局方「レボチロキシンナトリウム」関係の製剤のほぼ98%をも製造販売していた あすか製薬(株)福島工場が被災して供給がストップしたために、日本中で甲状腺機能低下症の患者さんに大恐慌を来たしました。医薬品製造販売の寡占状態というのは、平時には気が付きませんでしたが、実は怖いことなんですね。でも、サンド社が急遽輸入した製剤を あすか製薬が販売することでどうやら切り抜けられるようで何よりでした。 ・・・・・

と書きました。

  2011年3月11日の大震災から1年以上もたったのですから、約60万人にも上る「チラーヂンS」服用患者さんを命の危険にさらすこんな異常状態は当然もう解消しているものとばかり思っておりました。

  ところが、ようやく2012年3月16日になって、あすか製薬とサンド製薬の両社は、

http://www.aska-pharma.co.jp/pdf/chi/news20120316
レボチロキシンNa錠50μg「サンド」(緊急輸入品)の販売中止に関するお知らせ

を連名で発出し、やっとのことで事態は平常化し、国内のレボチロキシン製剤の今後の継続的な安定供給に支障がなくなったと発表しました。想像以上に大変だったのですね。

  ところで、今回の東日本大震災において、被災の影響を受けなかった製薬会社は僅か10社程度で、その他20社以上の製薬会社ついては、各種薬剤の供給に何らかの影響が出たようです。

http://akkie.mods.jp/311care/%E8%A2%AB%E7%81%BD%E3%81%A7%E5%BD%B1%E9%9F%BF%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E8%96%AC%E5%89%A4%EF%BC%8F%E8%A3%BD%E8%96%AC%E4%BC%9A%E7%A4%BE_%E4%B8%80%E8%A6%A7
被災で影響を受けている薬剤/製薬会社一覧

  しかし、あすか製薬(株)の「チラーヂンS」以外はどれも、競合他社製品(ジェネリック薬を含む)があったり、あるいは自社内の複数工場で分散生産されていた等などいろいろな理由で、患者さんへの薬剤の供給にそれ程大きな不安を招く事態はなくて済んだようです。

  こんな中で、甲状腺機能低下症の患者さんにとっては一生涯必要な唯一(市場のシェアが98%ですからこう言っても過言ではないでしょう)の薬である「チラージンS」の製造が突然にストップしたのですから、以後の甲状腺ホルモン薬の供給維持から再開へ向けての関係者の努力(代替薬緊急輸入などの企業の迅速な対応、医師による長期処方の自粛などを含めた日本内分泌学会など関連5学会内の関係委員会の措置、更には薬を譲り合った患者さんの”我慢”等など)は涙ぐましいまでに大変なものでした。

http://d.hatena.ne.jp/usausa1975/20111023/1319334942
国内シェア98%の製造工場が被災したとき、甲状腺ホルモン薬を死守した人々の記録

  また、あすか製薬の山口社長も、”・・・ ・・・ チラーヂンS錠 ・・・・・ 非常に重要な製品であることを再認識し、・・・・・  ・・・・・・ 安定供給体制の確立を最優先させる考えを示した。” と報じられています。

http://www.yakuji.co.jp/entry23174.html
【あすか製薬・山口社長】いわき工場が6月末に完全復旧‐
 大震災受け一極集中の生産体制分散へ

  しかし、こうした動きの中であまり注目されていないもう一つの重要な問題を最後に挙げておきます。それは、薬価です!!

  上記山口社長の発言の中にも ”・・・ チラーヂンS錠は最低薬価の製品だが ・・・”とありますが、現在レボチロキシンナトリウム製剤の薬価は1錠当たり9.6円です。こんな利潤の上がらない製品では、他社が手を出さないのは当たり前です(サンド社の考え方を私は知りませんが)。

  また、現行法制度上では、血液製剤だけは ”血液法” で ”安定供給” が企業に義務付けられていますが、その他の一般の医薬品に対しては、有効性と安全性を厳重に求める薬事法が実は製薬企業に安定供給を義務付けてはいないのです(もちろん、有効で安全な医薬品を発売したからには、その安定供給を会社に求めるのは当たり前の市民常識ですから、企業はそれに応えて自発的に安定供給をに謳ってはいますが)。つまり、法的には、製薬企業は儲からない医薬品を何時でも販売中止できるのです。

  ですから、あすか製薬さんは「チラーヂンS」の販売を中止することも出来るのですが、何せあすか製薬さんの前身はホルモン薬の老舗である「帝国臓器製薬」ですから、その伝統あるブランドイメージにかけても、製薬企業の社会的責任として ”安定供給体制の確立を最優先させる” と述べておられるのでしょう。でも、正直言って、可哀そうですね。

  厚労省もこれからの薬事法改正に当たっては、製薬企業に対し医薬品の安定供給を法的に義務付けるのと裏腹に、同時に妥当な利潤は保証する薬価制定の方策を講ずべきではないでしょうか。もっとも、現行の薬価を上げるのは患者負担を増大させることに他なりませんから、難しい検討を要することは確かですが。

2012/3/28