遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.047
「乾燥甲状腺」のヨーソ含量にみる日局とUSPの差異

 この度、第十六改正日本薬局方が公示され、以下のサイトにおいてPDFで閲覧できます。

http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/yakkyoku/ (2011.04.13.)

 諸外国の薬局方は、個々の医薬品それぞれの本文中にその適応症など医療面での情報が収載されていますので、現場で役立つガイドブックの側面を持っています。ところが、日本薬局方は、その昔から現在に至るまでずっと、物質としての医薬品の規格書に過ぎないものですから、法的に言えば重要な”公定書”なのに、薬局方の本文は実は医療現場に必須な基本的文書にはなっていないですよね。

  ただ、出版社が刊行する薬局方の”解説書”は、法律的に言えば権威付けされているわけでないのですが、必ず医療面での応用について何がしかの説明がされていますから、薬剤師の職場には事実上便利な本の一つとして置かれていることが多いですが。

  さてそれで、日本薬局方の正文は医薬品の品質を厳密にに規定する文言ですから一見無味乾燥のように思えるのですが、実は真面目に読むと、なかなか面白いことに出会う場合があります。以下にその一例をお話ししましょう。

  今回の東日本大震災では、市場で日本薬局方「レボチロキシンナトリウム」関係の製剤では、そのほぼ99%をも製造していた あすか製薬(株)福島工場が被災して供給がストップしたために、日本中で甲状腺機能低下症の患者さんに大恐慌を来たしました。医薬品製造販売の寡占状態というのは、平時には気が付きませんでしたが、実は怖いことなんですね。でも、サンド社が急遽輸入した製剤をあすか製薬が販売することでどうやら切り抜けられたようで何よりでした。

  さて、こうした甲状腺ホルモン薬について、ずっと昔から日本薬局方(JP)には「乾燥甲状腺(Dried Thyroid)」も収載され、今回の第十六改正でも同様です。これは、”食用獣の新鮮な甲状腺をとり、結締組織及び脂肪を除き、すりつぶし、50℃以下で速やかに乾燥した後、粉末としたもの” ですから、物質の規格として厳密な物理的性状は規定できないので、”甲状腺に特異な有機性化合体としてのヨウ素(I:126.90)0.30 ~ 0.35%を含む” とだけ化学的分析値が規定されています。

  同様に安価な甲状腺ホルモン薬としての”乾燥甲状腺末”は、諸外国の薬局方にも昔からあり、例えばアメリカ薬局方第17版(USP XVII)には ”desiccated thyroid”が載っていて、これは ”domesticated animals” の甲状腺から日本と全く全く同様にして製造したものとされています(アメリカでは、実際は専らブタの甲状腺が用いられていますが)。

  ところが、USPにおけるヨウ素含量規定は日本よりずっと低くて0.17 ~ 0.23%なのです。つまり、もしUSPの”甲状腺末”を日本に輸入したとしたら、JPに照らしては規格外れの不合格品になってしまうのです。

  これは、日本国土に降る雨は、何せ狭い島国ですから、たとえ奥地と言ったところで、そもそもヨウ素を濃縮している海水をまだ結構含むので、その水で育った牧草を食べた家畜の甲状腺は元来ヨウ素含量が高いのに、一方広大なアメリカ大陸の奥地の牧場に降る雨は、降雨と蒸発が何回となく繰り返された結果、もはや海水に由来するのヨウ素は極めて少なくなっているので、飼育食用獣の甲状腺も必然的にヨウ素含量が低くならざるを得ない、という地理的環境要因の差による結果なのです。

  ヒトの場合にも、我々日本人はヨウ素含量の高い海藻類をよく食べるのに、アメリカ人は海苔や昆布を摂りませんから、多分上述の食用獣と全く同じことが甲状腺に起こっていることでしょう。

  とすると、今回のような原子力発電所事故により放散したヨウ素131による被曝の影響も、日本人の方がアメリカ人よりも多少は受け難いことになるのでしょうか?