遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.043
1型糖尿病患者移植用ブタ膵島封入カプセル、
ロシアで販売承認

  新剤型のインスリン注射薬、あるいはGLP-1受容体作動薬やDPP-4阻害薬の登場など、最近はまるで新薬ラッシュと言っていいような糖尿病治療薬の目まぐるしい進展の中にあって、薬剤師の皆さんは毎日の研鑽にさぞかし大変なことと思います。

  しかし、一方、こうした薬に頼らずに糖尿病の治療を図ろうという医療技術の世界でも、世界中で懸命な努力が続けられています。その一つとして、”カプセルに封入したブタ膵ラ氏島細胞の移植が1型糖尿病治療に有望”(参考資料:「遠藤浩良の薬学雑記帳 No.36 糖尿病治療の最前線―膵島移植について」 )というお話を以前したことがあります。

  すなわち、ブタの膵臓ランゲルハンス島β細胞も、カプセル内に封じ込められた形で移植されれば、勝れたヒトの免疫機構といえどもこれを異種動物細胞とは認識できないため、拒絶されることはありません。その上、そこから分泌されるブタインスリン分子は、A鎖の21個とB鎖の30個のアミノ酸のうち、B鎖のカルボキシ末端のアミノ酸が1つヒトインスリンとは違うだけで、構造がヒトインスリン分子に酷似しているので、免疫原性は極めて低いのです。

  ですから、1型糖尿病の患者さんが毎日インスリンを注射しなければならないという煩雑さから逃れるために膵臓ラ氏島細胞の移植を考えても、ヒト膵ランゲルハンス氏島の供給は極めて限られている実情からすると、このブタ膵島封入カプセル移植という技術は1型糖尿病の患者さんにとっては実に素晴らしい福音なのです。

  ところで、この技術を実用化しようとオーストラリア、ニュージーランドを拠点として研究と臨床試験を実施してきたLiving Cell Technologies (LCT)社は、上記のアイディアから開発し、”DIABECELL”と名付けたデバイスが、下記のように、この度ロシアの医薬品規制当局から世界で初めて販売を承認されたというのです。

(1)LCT 社の2010年12月10日付けアナウンスメント

LCT’s DIABECELLR Registered for Sale and Use in Russia
http://www.lctglobal.com/html/blob.php/LCT's%20Diabecell% 20Registered %20for%20Sale%20and%20Use%20in%20Russica_101210.pdf?attach=0&document Code=2409&elementId=20084

(2) 上記についての本邦における報道

1型糖尿病患者に対する移植用ブタ膵島細胞,ロシアで初の販売承認
http://mtpro.medical-tribune.co.jp/mtpronews/1012/1012034.html

  ボランティア患者の一部被験者ではインスリン注射を完全に中止できた位に大成功だったというのですが、臨床試験の例数は8例(10名のうち2名が脱落)です。僅か8例の臨床試験結果から医療用ディバイスの販売を承認するというプロセスは、とても我が国では考えられないような気がします。

  そこで、少し調べてみましたが、ロシアの医薬品・医療機器の申請、審査、承認のプロセスについて、我が国では詳細が紹介されていないようです。

  でも、このように大胆な制度にも、学ぶべき点ががきっと何処かに含まれてはいるだろうと思いますので、受講者の先生方の中でどなたかロシア事情通の方がいらっしゃいましたら、是非ご教示下さい。お願いします。

   ロシアといえば、かって日本が前身のソヴィエト連邦からポリオ生ワクチンを超法規的に輸入したことがあったのを想い出しました。この1型糖尿病患者移植用ブタ膵島封入カプセルの大胆な承認からも、お蔭で好ましい市販後臨床試験例がロシアで多数蓄積され、新しい1型糖尿病治療法の有用性に関する嬉しい結果が早く世界に公表されるといいですね。

  ところで、我が国では、オーソドックスにヒト膵島を分離して移植する糖尿病治療の臨床研究が続けられ( http://miyaneta2.exblog.jp/2165987/ )、十数施設で何十例かの成績(http://square.umin.ac.jp/JITR/seiseki.htm)は蓄積されているようですが、異種動物のブタ膵臓ラ氏島を利用しようというアイディアによる研究はまだないようです。

  しかし、1)膵島細胞の分離培養、および 2)マイクロカプセルを用いるドラッグデリバリーという科学技術のレベルからすれば、かって長年にわたり組織培養法を利用した薬学研究に携わってきた小生としては(参考資料:遠藤浩良の薬学雑記帳No.8「骨粗鬆症薬としての副甲状腺ホルモンPTH」今昔譚 )、両技術を統合したこの種の研究が既に我が国でも十二分に可 能であったと信じるので、大学や研究機関、あるいは製薬企業の研究部門における後輩研究者諸兄姉の共同研究努力について、今ちょっとばかり残念な感があるのを否めません。