遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.042
患者や家族が医薬品副作用イベントを
行政に直接報告する制度

  良かれと思って使った医薬品が不本意にも逆に患者さんの健康をそこねてしまったとき、患者さんや家族はその事態の第一発見者であるにもかかわらず、今の日本の薬事法のもとでは、その薬を安全であるとして販売を許可した厚生労働省にその健康被害を直接申し出ることはできません。

  この点について、小生はかねてから、医薬行政当局は、医薬品の副作用によるかもしれないと思われるイベントについて、現行の制度のように医師や薬剤師といった医療従事者や医薬品製造販売業者から情報を収集するだけでなく、併行して患者や家族からも直接に報告を受け付ける新しい制度を設けるべきであると主張してきました。

  最近この主題について、求められて近刊予定の或る「事典」に簡潔な解説文をものしましたので、ご参考までに以下に貼り付けます。


患者からの副作用直接報告制度

 薬事法では,医師,薬剤師や製薬企業は患者から収集した副作用情報を自発的に行政当局に報告することが義務づけられている.しかし,副作用にかかわる患者の実体験は,まったくこうした法的情報収集制度の対象になっていない.

 ところが,医療を患者中心(patient-oriented)にする考え方が強まるなかで,行政機関が医療従事者や製薬企業から報告を受けるだけではなく,患者あるいは家族などの関係者から生の声を直接受け付けて医薬品の安全性確保に役立てる方式が世界の趨勢になっている.

 米国食品医薬品局 (FDA) が1993年に始めたメドウォッチシステム(MedWatch System)では,患者や家族が郵便,電話,ファクシミリ,電子メールなどで直接FDAへ医薬品の副作用と思われるイベントを報告できる.医療従事者からの報告数は漸増傾向であるが,患者や関係者からの報告は急増して医薬品の安全確保に大きく貢献している.

 2003年に医薬品の副作用に関する患者の自発報告制度を始めたオランダでは,独立機関のLareb が 一定のフォームによる報告をウェブサイトのみで受け付けている.この方式なら報告データが直接データベースに入るので,以後の処理と措置が迅速にできる.患者からの報告数は全体の約20%にのぼり,報告の質も医療従事者からのものに比べて遜色がないと高く評価されている.

 同じ2003年には,デンマークやカナダでも,医薬品副作用によると疑われるイベントを,患者や家族が郵送,電話,ファクシミリ,電子媒体で国の行政機関に直接報告する制度が始まっている.

 また,英国には医薬品副作用報告システムとしてイエローカード・スキーム(Yellow Card Scheme)がある.これは,サリドマイド事件を契機に1964年に開設された医薬品医療製品規制庁(MHRA)のもとで始まってからすでに半世紀近い歴史をもつ.このシステムへ報告できるのは長年にわたり医療専門家に限られていたが,2005年からは新たに患者による規制当局への副作用直接報告制度が始まった.

 イエローカードとはサッカー試合で反則の際に示されるカードになぞらえた黄色の用紙で,処方せんに必ず添付されている.この用紙は家庭医の診療所だけでなく,薬局でも入手できる.患者や家族などは,医薬品による有害事象と確定できなくても,その疑いがあればこの用紙に記入してMHRAに報告できる.現在は,郵送による以外に,電話あるいはウェブサイトからも報告できる.医師会や薬剤師会は,会員に対し,患者や顧客に薬の説明をする際にイエローカード・スキームの周知をはかるキャンペーンを実施している.

 それでも,適正な医療実現のため欧州中心に国際的な活動をしているHAI(Health Action International [Europe])の2010年1月の調査報告には,いまなお患者からの副作用直接報告制度に熱心でない国および機関として,フランス,ドイツ,ポルトガルおよび欧州医薬品庁(EMA)があげられている.

 とはいえ,2010年9月のEU議会では,医薬品の副作用イベントを患者が規制機関に直接報告する制度を含むEUファーマコビジランス新法(New EU Pharmacovigilance Law)が圧倒的多数の賛成で成立した.したがって,間もなくヨーロッパの市民はだれでも,医薬品の副作用によるイベントに遭遇したら,規制機関に直接報告できるようになるであろう.

 このような医薬品の副作用による健康被害の情報収集体制をめぐる世界の趨勢からすると,わが国は残念ながらまったくの後進国といわざるをえない.(遠藤浩良)


  この背景については、2年くらい前になりますが、この「遠藤浩良の薬学雑記帳」の”No.14 医薬品副作用患者自発報告制度の世界における現況”にもう少し詳しく説明してあります。資料は少し古くなりましたが、まだ多少はお役に立とうかと思います。

  また1年程前には、同じ「雑記帳」のNo.23に、”医薬品副作用被害の患者直接報告制度の創設を!”と題して、更に若干の追加資料をご紹介しておりますので、これらも併せて参照いただけましたら幸いです。

  なお、厚労省内でも、医薬品の市販後安全対策への患者さんの参画は重要であるとの考えから、欧米で進んできた患者さんからの副作用報告制度を我が国でも取り入れようと、実は数年前から関係者間で検討が進められ、どうやら来年度内くらいには(独)医薬品医療機器総合機構(PMDA :Pharmaceuticals and Medical Devices Agency)が正式に患者副作用報告制度を立ち上げる予定のところまで漕ぎつけたとか、もれ承っております。