遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.033
勝れた総説「未承認薬のコンパッショネート使用」

  皆さん、「コンパッショネート・ユース」(”compassionate use”)という言葉をご存じですか? 小生はかって先生稼業をしておりましたので、今日は”昔執った杵柄”で知ったか振りの解説をしますが、ご寛容の程をお願い申し上げます。

  この ”コンパッショネート・ユース” は、『人道的使用』 と意訳されたりもしますが、何せ日本語になり難い用語ですから、上記のようにそのまま全部片仮名で、あるいは 「コンパッショネート使用」 と半分漢字まじりで使われるのが通例です。

さて、日本薬学会の薬学用語解説(2008.5.14付け)

http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B9

を見ますと、”コンパッショネート・ユース” とは

「基本的に生命に関わる疾患や身体障害を引き起こすおそれのある疾患を有する患者の救済を目的として、代替療法がない等の限定的状況において未承認薬の使用を認める制度。アメリカ、ヨーロッパ(EU)などではすでに導入されており、日本では現在、実施のための検討が行われている。」

とあります。誠に間違いのない正しい解説なのですが、これではとても具体的なイメージが湧きませんので、解説を加えてみようというわけです。

  私事に亘って恐縮ですが、小生は大腸がんと胃がんを切除しました。でも、いずれも極くオーソドックスな癌だったもので、術後補助化学療法に際しても、幸いなことに健康保険が使える当たり前の制癌薬で充分でした。

  しかし、見つかったのが難しい或いは珍しい癌だったりすると、海外ではこれを適応とした医薬品が既に販売されているのに、日本ではその開発が遅れていたり、それどころか開発に着手もされていないことが結構あるのです。この問題を一般的には ”ドラッグラグ(drug lag)” と呼びますが、そうした場合には、患者本人や家族が患者の命を救うために、我が国では販売されていないその「未承認薬」(”unapproved drug”)を是非使いたいという希望を強く持つことが当然のごとく生じます。

  欧米諸外国では、こうした要望に応える一定のルールが、医薬品製造販売承認制度の例外的な措置として公的に設けられている場合が多く、「思いやり或いは同情心のある」 という意味の "compassionate” という単語を用いて、この制度を 『未承認薬のコンパッショネーット使用 (Compassionate Use of Unapproved Drugs)』 と総称しているのです。

  ところが、日本にはこのような制度がまだないので、こうした場合には、医師または患者が全くの自己責任で国外からその未承認薬を個人輸入するしか方法がないのです。そうしますと、品質などの安全性確保をどうするか、あるいは医療費が高価格になるなど、いろいろな問題が生じて社会問題となっています。

  そこで、厚生労働省は、2007年には「有効で安全な医薬品を迅速に供給するための検討会」を設けて検討しました。さらに2009年には、同じく厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」も、提言の中でこの問題をとりあげています。

  つまり、我が国では、「未承認薬のコンパッショネート使用」 は、論議されながらも、まだ制度となるに程遠いという、いわば ”非人道的”な状態にあるのです。

  このような状況の下で、この問題の全貌を世界的視野からよくとりまとめた極めて勝れた総説が、京都大学公衆衛生大学院健康情報学の寺岡章雄氏から発表されましたのでご紹介します。

http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/109-150.pdf
http://www.lifescience.co.jp/yk/jpt_online/index_jpt.html
「未承認薬のコンパッショネート使用 ―日本において患者のアクセスの願いにどう応えるか」
寺岡章雄、津谷喜一郎 薬理と治療 38巻(2号) 109―150 (2010)

  これは42頁にわたる長大な総説ですので、寺岡さんご自身が全体をA4判2枚半程度に要約したものを、「“未承認薬のコンパッショネート使用”の早期制度化を」の訴えとして、MRIC医療ガバナンス学会のマガジンに投稿され、これが以下のサイトに掲載されていますので、これもご参考までに紹介します。

http://medg.jp/mt/2010/03/vol-91.html#more
「未承認薬のコンパッショネート使用」の早期制度化を

  上述のような勝れた総説も、長文の故でしょうか、なかなかこれを収載する学術誌がないのが日本の科学界の現状でして、そうしますと残念ながら 「薬理と治療」 誌では目にする人も極めて限られてきますので、是非皆さんが周囲の方々にこの総説を広くご紹介下さいまして、未承認薬のコンパッショネート使用の早期制度化が図られる方向にお力添えを得たく、小生から”勝手連”的にお願い申し上げる次第です。