遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.025
「ワクチンと予防接種の全て」[ 金原出版 ] の薦め

  先日2009年5月から6月にかけて日本国中で起きた過剰とも思えるブタ由来インフルエンザA/H1N1(新型インフルエンザ)ウイルス騒動もどうやら一先ず沈静化はしましたが、これから秋に予想される第2波流行を控えてまだまだ油断はできません。

  この時に当たり、まさに時宜を得たとも言うべき、格好の書籍が発刊されましたのでご紹介します。


ワクチンと予防接種の全て  見直されるその威力
大谷 明、三瀬 勝利 著 金原出版、東京、2009年7月7日(第1版第1刷)
B5判 211頁、¥ 4,500   ISBN 978-4-307-17058-1


  帯封には、『新型インフルエンザ襲来! ワクチン後進国・日本に警鐘を鳴らす 最新・最高の読める啓蒙書』 とあります。この文言からは、本書がまるでこの度の騒ぎに悪乗りした際物の出版物であるかのように見えてしまいますが、それは全く見当違いで、本書は立派な学術書です。

  ワクチンが医療分野で果たしてきた貢献はとてつもなく大きく、さらに今後もワクチンは医療において益々大きな役割を果たすに違いありません。それにもかかわらず、わが国ではワクチンについて全般的に解説した良書が少ないのが現状です。

  著者はこれを大いに憂いて、世界のワクチンの歴史から説き起こし、日本が未だワクチンに関しては後進国に留まっている残念な現状を紹介した概論(第1部)から入り、我が国で今使われているもろもろのワクチンと、近く導入されることが期待されている種々のワクチン(子宮頸がん予防ワクチンなど)までを詳説した各論(第2部)に進み、さらにワクチンの予防接種に関連した現行の法律と規制(第3部)について具体的に解説し、最後には多くの人が持つワクチンに関する疑問に易しく答えるQ&A (第4部)まで設けて、およそワクチンの領域全般にわたり、見事にワクチンの過去、現在、未来を総括してみせたのです。

  どうしてそんなに立派な本が出来上がったのでしょうか、著者お二人のこれまでをを知れば、どなたもしっかり納得がいくでしょう。

  筆頭著者の大谷明(オオヤ・アキラ)先生は、東大医学部を1948年にご卒業後、国立予防衛生研究所 (当時から長年にわたり ”予研” と呼びならわされてきた、現在の国立感染症研究所) にお勤めになり、そこでウイルス・リケッチア部長から所長までを歴任された我が国ワクチン界の泰斗でして、予研名誉所員としての最後の著書となった本書主要部分のご執筆をほぼ完了した時点で、昨2008年2月に急逝されました。

  共著者の三瀬勝利(ミセ・カツトシ)先生は、東大薬学部を1963年にご卒業後すぐに予研細菌部に就職され、以来大谷先生に目をかけていただき、予研では微生物部長から副所長まで務められました。実は東大で小生と同じ研究室から巣立った研究者で、小生が誇りにしている後輩の一人なのです。

  その三瀬先生が、大谷大先輩から指導を受けて長年にわたり書き留めてきたメモを基にして、大谷先生の遺稿を更に拡大発展させ、遂に立派に完成して上梓したのが本書なのです。素晴らしい内容であるのは当然のことです。

  皆さんは大学でワクチンに関して学ぶことがほとんどなかったのではないかと思いますが、今ここで初めて待ち望んでいた勝れたワクチンの解説書を手にするができたわけです。

  それがたまたま今回の新型インフルエンザ騒動の時期に当たってしまったというわけですから、決して売らんかなの際物出版物ではありません。

  日本の製薬業界の中で、ワクチン業界はささやかな4社が仕切っているほんの小さな領域にすぎません。それで、日本の医学薬学教育においてこれまではワクチンに決して重点が置かれてはいませんでした。それ故、多分勉強家の皆さんの書架にもワクチン関係の書籍は極めて僅かでしょうから、是非とも今回本書を蔵書に加えられることをお勧めする次第です。

  ただ、今年2009年1月には日本で初めての培養細胞ワクチンである日本脳炎ワクチンの製造販売が承認されましたが、そこで用いられたサル腎由来のベロ(Vero)細胞は千葉大学医学部部微生物学教室でかって安村美博先生が苦労して樹立された純国産の株細胞で、今や世界中でワクチン生産に繁用されるに到っています。しかし、本書72頁の日本脳炎ワクチンの記述部分にも、これが日本発の細胞であることは書かれていません。

  ワクチン後進国の日本でも、こうした基礎研究では先達が立派に貢献してきたのだということを、愛国心溢れる科学者として小生は一言触れて欲しかったと思いますが、国境のない科学の世界では余計なことなのでしょうか。