遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.018
タムスロシンのOTC化にみる英国の薬局活用政策

  英国の医薬品庁MHRA(Medicines and Healthcare products Regulatory Agency)は、11月27日、タムスロシン塩酸塩tamusulosin hydrochloride 0.4mgカプセル(Flomax Relife ;本邦名 「ハルナール」など)の販売区分を、”処方せん薬” POM (Prescription only medicine)から ”薬局薬” P ( Pharmacy availability )に変更する方針を提示して意見募集( public consultaiton )を開始しました。

Public consultation ARM 56: Request to reclassify Flomax from prescription only medicine (POM) to pharmacy availability (P)(MHRA 2008.11.27)
http://www.mhra.gov.uk/Publications/Consultations/Medicinesconsultations/ARMs/CON031154

  この案に従えば、この前立腺肥大による排尿障害の治療薬の薬局での販売の流れはおよそ次のようになります。

  先ず、薬剤師は患者(45歳以上の男性)に質問した上で2~10週間服用してもらって様子をみます(2週間経っても良くならなかった場合は必ず薬剤師か医師に相談することとして)。10週以降は、医師による前立腺肥大症の確定診断が行われた場合に限って、販売の継続が可能となります。そして、初めて医師により前立腺肥大症の診断が行われた日、あるいは定期的なチェックを受けた日から、最大1年間は販売が可能というものです。

  即ち、一言で言えば ”タムスロシンのスイッチOTC化” に他なりませんが、我が国におけるように単純なものではありません。それでも、一度は医師による前立腺肥大の確定診断が必要という条件付きとはいえ、1年に1度医師のチェックを受けさえすれば、患者はその後はずっと処方せんなしに薬局で薬剤師からタムスロシンを購入できることになります。

  78歳になった小生も実は「ハルナール」のお世話になって久しいのですが、処方せんを出してもらうためだけに泌尿器科に通うのに、正直言って長年大変面倒な想いをしてきたものですから、これは患者とって非常に便利でユニークな方法だなと感じました。

  ここで話しを終えれば、これは単純なスイッチOTC化の一例報告に過ぎませんが、この背景にはイギリスにおける中長期的に一貫した明確な医療政策があるので、”国民の保健医療における薬局薬剤師の職能” という視点からそれをちょっとたどってみましょう。

  英国の保健省(DH:Department of Health)は、2005年に発表した

”Choosing health through pharmacy~A programme for pharmaceutical public health 2005-2015“
http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_4107494

と題する全文85頁に及ぶ長文のレポートにおいて、2015年まで10年にわたる国家的戦略の一環として、薬局を public health の分野で積極的に活用することを表明し、「国民の健康増進に重要な役割を担ってコミュニティの中心にある薬局と薬剤師は、地域の住民が健康な生活を送れるようアドバイスをするのに理想的な位置にいる」と熱く期待しています。

  具体的には、Listen(耳を傾ける)、Ask(尋ねる)、Assess(患者の反応をみる)、Advise(助言を行う)、 Record(記録する)というアプローチの方法や情報源を示して、薬剤師は処方せん調剤で来局する糖尿病患者、高血圧などで心筋梗塞のリスクがある人、あるいは喫煙者や肥満の人などに、きちっと生活習慣のアドバイスを行って欲しいとしています。一人に3分間程度の時間をかけるだけでも十分に効果があると言っているのです。

  英国保健省は、更に3年後の今年4月初めには、健康の維持、軽度の疾患(minor ailment)や慢性疾患の管理は薬剤師が行うことにより、地域薬局(community pharmacy)は その地域の “healthy living centres” として地域の総合医GP(General Practiitioner)に相補的な役割を担うべきであるとした全文141頁にわたる長文のの白書

Pharmacy in England: building on strengths - delivering the future
http://www.official-documents.gov.uk/document/cm73/7341/7341.pdf

を発表しました。

  「薬局は、単に処方せん薬を供給するだけの場所ではなく、地域住民の軽度の疾患を扱ったり、病気のスクリーニング、ヘルスアドバイスが可能な医療専門職の薬剤師が配置された重要な場所である。およそ99%の国民は住居から20分以内の場所に薬局があるのだから、国民は薬局を活用することで大きな利益を得ることができる」 というのです。

  英国王立薬剤師会 ( Royal Pharmaceutical Society of Great Britain :RPSGB )は、もちろんこの保健省の提案にはもろ手を上げて歓迎の意を表しています。

Statement: High Street Health Centres
(For immediate release 03 April 2008)
http://www.rpsgb.org//pdfs/pr080403.pdf

  一方、英国医師会( British Medical Association )も、「患者の長期にわたる包括的な管理はGPが行うことが最善であるにしても、薬剤師にも薬物治療において患者をサポートする役割がある。健康の維持増進の手助けになるよう薬剤師に権限を与える今回の保健省の提案を支持する」

GPs’ leader comments on extended role for pharmacists
(BMA Press Release 2008.4.3)
http://www.bma.org.uk/pressrel.nsf/wlu/SGOY-7DCFMS?OpenDocument&vw=wfmms

と発表しています。なお、この中で、薬局には現在以上に患者のプライバシーが保たれる「相談スペース」を設けることが必要であるとの、懸念を込めた親切なアドヴァイスもしてくれています。

  こうした流れの延長線上にこそ、最初に紹介した ”タムスロシンの「処方せん薬」から「薬局用薬」への区分変更” すなわち 「タムスロシンのOTC化」の提案が出てきているわけです。

  疲弊したNHSを建て直すための医療制度改革という長期戦略に向けて、薬剤師を社会的に貴重な医療資源として最大限有効に活用していこうという英国政府の確かな戦術と、これに応えようと政府の政策をしっかり受け止める医療者側の姿勢ががここにハッキリと読み取れます。

  日本でも、厚生労働省と日本薬剤師会あるいは日本医師会の間に、このようにガッチリと腰をすえた関係が欲しいものですね。