遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.013
「アジサイの葉の誤食による青酸中毒事件」(?)顛末記

  ようやく梅雨も明けて猛暑の夏を迎え、早やアジサイも終わりましたが、今年はその旬の6月13日に茨城県で、料理店で季節感を出すために料理に添えたアジサイの葉を食した客に発生した食中毒が青酸中毒であるとして、以下の例にみるように、全国各地で新聞報道され、更に関係当局からそのように公式発表されました。

 (1) 新聞報道の一例  アジサイの葉を食べ食中毒 2008年06月23日
      http://mytown.asahi.com/ibaraki/news.php?k_id=08000000806220006

 (2) 茨城県の公式発表  食中毒発生概況について
     http://www.shoku.pref.ibaraki.jp/cgi-local/news/newsview.cgi?category=press&no=584


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(2) 事件の概要
つくば保健所の調査によると,6月13日(金)午後7時に,つくば市内の「遊食伊太利庵藤右エ門栄」で会食した1グループ19名のうち8名が,会食30分後から嘔吐,吐き気,目眩等の食中毒様症状を呈したことが判明した。

つくば保健所では,患者全員が料理に添えられた「アジサイの葉」を食べていることから,本日,当該飲食店が提供した「アジザイの葉」を原因とする食中毒と断定した。
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(4) 原因物質   青酸配糖体
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 -------------- アジサイについて--------------
6~7月の梅雨時期に特徴的な花を咲かせる園芸植物である。
(1)有毒成分  つぼみ,葉,根に青酸配糖体※ が含まれる。
※ 青酸配糖体
青酸配糖体は,咀嚼によって同植物内の分解酵素と反応したり,胃内の消化酵素と反応することで,青酸(シアン)が生成される。
(2)中毒症状  嘔吐,ふらつき歩行,痙攣,昏睡,呼吸麻痺
(3)青酸配糖体が含まれる植物
スーダングラスなどのソルガムに多く含まれる。また,マメ科のシロツメクサ,バラ科のウメ,アンズ,リンゴなどの未熟な果実などにも含まれる。
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  さて、青酸中毒に関連した事件としては、第二次大戦後の混乱期に起きた特異な「帝銀事件」があまりにも有名です。

  最高裁はこの事件を青酸ナトリウムあるいはカリウムといった無機青酸塩を使って金品を強奪した非道な大量殺人であるとして、死刑判決を確定しました。

  しかし、小生には、被害者である帝国銀行椎名町支店行員の中毒症状発現から死亡までに時間のかかった経緯などからして、これがどうしても青酸ソーダや青酸カリのような即効性の無機青酸塩による通例の殺人事件であるとは思えず、犯人が青酸配糖体のような何らかの遅効性青酸化合物を極めて巧み使った特異な事件としか考えられないので、毒物に関する知識を全く持ち合わせない一介の画家である平沢がこのむごたらしい殺人事件の犯人では絶対にあり得ないと考えて、小生は第19次再審請求に当たり東京高裁に以下の意見書を提出しています。

帝銀事件犯行毒物に関する意見書

1996年6月11日、東京高裁へ提出の意見書全文
http://www.gasho.net/teigin-case/documents/endo/endo.pdf

  そうしたことがあっただけに、今回の食中毒が料理に添えられたアジサイの葉を不注意にも摂食したことによる青酸中毒事件であると聞いては、小生は大いに関心をそそられました。

  しかも、その後大阪でも同様の事件が起こり、更に以下のように東京都福祉保険局からも健康・安全情報が発出されるに至っては尚のことでした。

アジサイにご注意ください!~アジサイによる食中毒が発生しました~
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kenkou/anzen/news080702/index.html

  しかし、以下に紹介しますとおり、アジサイに青酸配糖体が含まれているか否かについてはどうも定かでなく、今回の報道と公式発表は誤りと言わざるを得ないというのが結論のようです。

  すなわち、例えば以下の通り、2008.7.4に更新、更に2008.7.7付け最終更新で、(独)農業・食品産業技術総合研究機構の動物衛生研究所・安全性研究チーム がその旨を述べています。

http://www.niah.affrc.go.jp/disease/poisoning/plants/hydrangea.html
アジサイ
学名:Hydrangea macrophylla (Thunb. ex Murray) Ser. f. macrophylla

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     アジサイの葉に青酸配糖体が含まれているか?(2008.7.4 更新)

有毒植物に関する単行書等にアジサイの葉は青酸配糖体を含むという記載があったため,本ウェブサイトでもそのように記載してきました.しかし,下記のつくば市での中毒を機に,「アジサイの葉に含まれる青酸配糖体」に関する原著論文を検索しましたが,現時点では見つかっていません.下記の文献(1)のように,アジサイが中毒を起こすことは確かだと思いますが,その原因物質は青酸配糖体ではないかもしれません.現在情報を収集中ですので,有用な情報が入り次第,本ウェブサイトを更新します.なお,アジサイの葉に含まれる青酸配糖体をhydranginであると記載した単行書やウェブペイジが数多くありますが,アジサイの根から単離されたhydranginは,C9H6O3という化学式で,窒素を含まず(-CNが無い),7-hydroxycoumarinと同一物質であるという論文があります(3).
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2008年6月に,飲食店の料理の「ツマもの」として添えられていたアジサイの葉を食べた方々が,嘔吐,吐き気,目眩等の中毒症寿を起こしました.中毒を起こした方々全員がアジサイの葉を食していたこと,アジサイの葉を食べなかった同席者は無症状だったことから,保健所はアジサイの葉による青酸中毒と断定しました.料理に添えられていたのは,料理店の敷地内に生育するアジサイの若葉で,一皿に2枚添えられていたそうです.アジサイの葉の青酸配糖体の含有量は,若葉に多く成熟した葉には少ないといわれていますが,人の場合,若葉2枚程度でも中毒を起こすことが今回の事例で明らかになりましたので,くれぐれも注意して下さい.(2008.7.7 見え消しで削除)上述のように,アジサイの葉の有毒物質については不明な点が多いのですが,つくば市の事例では疫学的にアジサイの葉の関与が強く疑われますので,注意が必要です.(2008.7.7 追加)


  この点について、小生は、我等がNPO「医療教育研究所」に関連しては、生薬、薬用植物、漢方薬の極めて勝れたものとしてホームページのリンクにそのHPを収載している木下武司先生(帝京大・薬・准教授)や、既に漢方関連の勝れたコンテンツを我等の薬剤師生涯研修にご提供いただいている牧野利明先生(名市大・薬・准教授)のお二人から、CA(Chemical Abstract)やPubMed など世界で最高最大のデータベースをどう精査してみても、アジサイに青酸配糖体が含まれていることを示す学術文献を遂に一つも見出すことが出来なかった旨をそれぞれ別個にご連絡いただいています。

  しかし、それにもかかわらず、国内外のネット上には ”アジサイに青酸配糖体が含まれる”とする記載が散見され、その中には ”青酸配糖体をアミグダリン”とまで断定している無責任きわまりない書き込みまであるのです。

  どうやら、それ故に、科学には兎角弱い新聞やテレビというメディアに始まり、科学的な正確性を期すべき行政当局までもが、何と揃ってこの不確かな情報に惑わされ、誤った報道と発表をしてしまったというのが今回の事件の顛末のようです。

  ただ小生は、植物に大変詳しい薬剤師の奥津均先生(鎌倉で開局)から、

・・・・・・・ アジサイは、もともと生薬の「常山・ジョウザン」の代用として「催吐剤」すなわち「吐く薬」なので、・・・・・・  ・・・・・・ 催吐剤としての文献として、次があります。

1.薬局の漢方  清水藤太郎 著  南山堂  昭和38年
  31頁に、アジサイの葉が「催吐剤」

2.漢方と民間薬百科  大塚敬節 著  主婦の友社    昭和41年
  98頁に、・・・ 有持桂里によれば、これを飲むと吐くとのこと ・・・私もこれを用いたが、下痢をした者はあったが、必ずしも吐くとは限らなかった

3.原色牧野和漢薬大図鑑  牧野富太郎 著  北隆館   昭和63年
  160頁、アジサイについて ・・・ 常山アジサイの「吐剤」の代用として ・・・。

これらの文献から、「催吐剤」の作用があると考えてもらって良いと思います。 ・・・・・・


とご教示を頂戴しております。

  これらの記載と今回の食中毒事件を考え合わせると、アジサイに催吐性があることはどうやら事実のように思われます。しかし、Web上の情報の真偽には十二分の注意を払わなければいけないという耳にたこが出来るほどに言い慣わされている真理を、今回の事件はあらためて思い起こさせるに十分なものでした。

  でも、最初にご紹介した新聞報道や関係行政当局の発表は、まだ公式に訂正されてはいないので、世の中には依然事実として流布されている状況にあります。

  しかし、真実を尊ぶ受講者の薬剤師さんにだけでも是非本当のことを知っておいていただきたいとくどくど書きましたが、どうか小生の真意をお汲み下さりご容赦下さい。