遠藤浩良の雑記帳 当法人理事長遠藤浩良が個人的意見として発信する『遠藤浩良の薬学雑記帳』をお届けします。 薬学、薬業、医療に関する資料、情報、意見など盛りだくさんな内容です。
No.008
「骨粗鬆症薬としての副甲状腺ホルモンPTH」 今昔譚

  今回は、お忙しいのにご迷惑でしょうが、年寄りの昔話に一寸ばかりお付き合い下さい。

  ごく最今の研究発表であります


http://www.libertonline.com/doi/abs/10.1089/ten.2007.0261
Replacement of Bone Marrow by Bone in Rat Femurs: The Bone Bioreactor
Tissue Engineering Part A 14 (2) (2008)
ahead of print, doi:10.1089/ten.2007.0261


を見ますと、その抄録Abstract の初めに、

   ・・・ ・・・ parathyroid hormone (PTH), which is a bone anabolic hormone, enhances fhe formation of new bone ・・・ ・・・ ・・・

  「副甲状腺ホルモン(PTH;parathyroid hormone)は骨の新生を促進する骨同化ホルモンである」

と淡々と書かれているのを見まして、小生は強い感懐を覚えました。

  ”副甲状腺ホルモンPTHが骨形成を促進する”ということは、まだどの教科書にも記載される程に一般的真理と認識されてはいないと思いますが、上記のように、新しい学術研究論文のレベルでは今や当たり前のこととして記述されるようにはなりました。

  ですから、教科書には骨を溶かし破壊する骨吸収促進ホルモンであるとだけ書かれているPTHが、医療現場では全く逆に骨形成促進薬として大いに期待される時代になったのです。

  日本ではまだ未承認ですが、海外においては大規模臨床試験が実施され、米国を初めとする多くの国々で、既にPTHは骨粗鬆症治療の注射薬として承認されて臨床に供されており、現在では鼻粘膜吸収による経鼻剤までが検討されている状況です。

  さて、ここから昔話になりますが、小生は昭和52(1977)年に新設された帝京大学薬学部に赴任しました際に、

骨芽細胞Osteoblast による骨形成の調節機序は全く明らかにされていないが、PTHによって骨吸収能が促進される破骨細胞Osteoclast の直ぐ近傍にいて同じ体液環境に浸っているのだから、同じくPTHによって骨芽細胞の骨形成能が促進されるのであれば、PTH は骨組織の代謝回転 metabolic turnoverを高める合目的的な生理的骨代謝調節因子としてよく理解できるのではないか

という作業仮説を立てました。

  これを明らかにするには、骨芽細胞による骨形成はようやく始まったものの、まだ破骨細胞による骨吸収機能は発生していいない胚性(胎児性)初期の骨を、ホルモンなどを含まない合成培養液で in vitro に培養し、そこに生理的骨形成調節因子と目されるホルモンなどを加えて、骨形成が促進されるか否かを検討すればよいのではないかと考えました。

  そこで、神奈川県相模湖町に発足間もない帝京大学薬学部にはまだ実験設備が整っていなかったので、比較的近くの東京都八王子市にある帝人(株)の生物医学研究所の研究室の一画をお借りし、そこの研究員の方々との共同研究として、まだ軟骨の塊にしか過ぎない孵卵9日鶏胚大腿骨を完全合成培養液で培養し、試験管内で石灰化させる実験を開始しました。

  そして3年後の1980年に、帝京大学薬学部赴任後初の研究論文として、Nature 誌上に発表したのが

http://www.nature.com/nature/journal/v286/n5770/abs/286262a0.html
Nature  286, 262 - 264 (17 July 1980); doi:10.1038/286262a0

Vitamin D3 metabolites and PTH synergistically stimulate bone formation of chick embryonic femur in vitro

Hiroyoshi Endo*, Mamoru Kiyoki†, Kohtaro Kawashima* et al.

*Department of Physiological Chemistry, Faculty of Pharmaceutical Sciences, Teikyo University, Sagamiko, Kanagawa 199-01, Japan
†Teijin Institute for Bio-Medical Research, 4-3-2 Asahigaoka, Hino-shi, Tokyo 191, Japan


でした。

  世界中が副甲状腺ホルモンは破骨細胞を活性化して骨吸収を促進する因子としてだけその生理的役割を理解していた時代ですから、それはそれとして正しいけれども、”PTHはすぐ隣の骨芽細胞にも働いて同時に逆方向の生理的反応である骨形成をも促進しているのですよ” と言っても、30年近くも前は、学界の反応、特に日本での反応は必ずしも暖かいものではありませんでした。

  それが、PTHが骨形成を促す骨粗鬆症薬となった今ともなると、その基とも言える基礎研究を最初に発表したのが日本人研究者だったなどとは、日本では骨の専門家も殆どご存じありません。30年前とは早過ぎたのですね。

  しかも、今や日本の薬学領域にもこの方面の研究をしている方々がおられますが、これから骨粗鬆症薬の主流となるであろうと言われるPTH製剤の端緒を開いたのが日本の薬学研究者者であったことなど露知らぬ現状は、小生にとっては少々悲しい想いのすることなのです。

  小生、今年2008年4月から、何と喜寿という歳にもかかわらず、横浜市立大学に招かれて総合科学部の非常勤講師として、90分の授業を毎週1回、1学期間に亘り計15回、久し振りに教壇に立ちます。その授業科目名が、薬学部でもないのに、何と何と「創薬科学」ですよ。上記のような愚痴めいた話もその中に入れようかなと今思案中です。