IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
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抑肝散とパーキンソン病

北陸大学副学長・薬学部長 薬学臨床系教授 光本 泰秀

 パーキンソン病(PD)は,慢性の神経変性疾患で,その診療期間の長期化に伴い出現するoff症状により日常生活動作の制限がしばしば問題となる。レボドパ製剤の増量やドパミンアゴニストの併用で対応することになるが,妄想や幻覚などの精神症状の悪化やジスキネジアなどの運動合併症の出現が新たな問題となる。更に,レボドパ製剤を少量小分けに服用することも試みられるが,多剤服用の患者ではその負担も増す。一方,PDに伴う運動障害や運動合併症に対する漢方治療に関しては,多くの症例報告がある。最近,韓国の研究チームから抑肝散のドパミン神経保護効果に寄与する基礎的な作用メカニズムに関する報告1)を目にしたので,抑肝散について簡単に紹介したい。
 抑肝散(韓国ではUkgansan,中国ではYi-Gan san)は,白朮,茯苓,川芎,釣藤鈎,当帰,柴胡,甘草の7味から構成され,その原典は中国明代の小児科の医書『保嬰撮要』とされている(『保嬰金鏡録』との報告もある)2)。「漢方診療医典」(大塚敬節、矢数道明先生らの共著)には,抑肝散について「神経症で刺激症状が激しく,一般に癇が強いといわれている,肝気の亢ぶりによる興奮を抑え,鎮静させるところから抑肝散と名づけられた」と記されている。韓国の医療機関で実施された後ろ向き研究の5年間の集積データによると,抑肝散を改良した生薬製剤は,PD患者の運動症状を改善する目的で最も頻繁に使用された漢方薬であると報告されている3)。実験的には,PDモデル動物において抑肝散がカテコール-O-メチル基転移酵素の阻害や抗酸化作用により,神経毒による運動機能障害の改善効果や神経保護効果を発揮することが報告されている4),5)
 Nurr1は,核内受容体ファミリーに属する転写因子である。このNurr1が,ドパミン神経細胞を神経毒から保護し,ミクログリアの活性化を抑制することにより神経炎症を抑制するというメカニズムから,Nurr1を活性化またはアップレギュレートするNurr1ベースの治療法が,PD治療に有益である可能性が考えられていた6)。抑肝散の神経保護効果にNurr1シグナル伝達経路が関わっているかどうかは,これまで明らかでなかった。Chaeらは,抑肝散がin vitro MPP+毒性及びin vivo MPTP 毒性に対して神経保護効果を示すとともにNurr1タンパク質の発現レベルが増加していることを確認した1)。抑肝散を構成する生薬成分の研究から,抗酸化作用,抗炎症作用及び神経保護作用に関わる7つの主要化合物が同定されているが,興味深いことに単一生薬を煎じたものより抑肝散を煎じたものの方で効果が高いことが示されている7)。抑肝散の副作用について,日本で実施された3156名の患者を対象に最長52週間投与した試験で136例(4.3%)の副作用が報告されており,比較的安全であることが確認されていることから8),今後エビデンスレベルの高い臨床試験が実施されることを期待したいとChaeらの論文は締めくくっている。
 PD治療の選択肢が広がることは,患者さんにとって有益で,有効性に関する臨床的エビデンスの確立を当方も期待したい。

【参考資料】

1)Chae IC, Jang JH, Seol IC, Kim YS, Park G, Yoo HR. (2022). Ukgansan protects dopaminergic neurons against MPTP-Induced neurotoxicity via the Nurr1 signaling pathway. Evid Based Complement Alternat Med. 2022: Article ID 7393557.

2)杵渕 彰, 小曽戸 洋, 木村 容子, 藤井 泰志, 稲木 一元, 永尾 幸, 近藤 亨子, 山崎 麻由子, 田中 博幸, 加藤 香里, 佐藤 弘. (2014). 抑肝散の原典について. 日本東洋医学会誌 65: 180–184.

3)Yang JY, Jin C, Lee J, Lee HG, Cho SY, Park SU, Jung WS, Moon SK, Park JM, Ko CN, Cho KH, Kwon S. (2021). Patients with Parkinson disease in a traditional Korean medicine hospital: a five-year audit. Evid Based Complement Alternat Med. 2021: Article ID 7393557.

4)Ishida Y, Ebihara K, Tabuchi M, Imamura S, Sekiguchi K, Mizoguchi K, Kase Y, Koganemaru G, Abe H, Ikarashi Y. (2016). Yokukansan, a traditional Japanese medicine, enhances the L-DOPA-induced rotational response in 6-hydroxydopamine-lesioned rats: possible inhibition of COMT. Biol Pharm Bull. 39: 104-13.

5)Doo AR, Kim SN, Park JY, Cho KH, Hong J, Eun-Kyung K, Moon SK, Jung WS, Lee H, Jung JH, Park HJ. (2010). Neuroprotective effects of an herbal medicine, Yi-Gan San on MPP+/MPTP-induced cytotoxicity in vitro and in vivo. J Ethnopharmacol. 131: 433-42.

6)Decressac M, Volakakis N, Björklund A, Perlmann T. (2013). NURR1 in Parkinson disease--from pathogenesis to therapeutic potential. Nature Reviews Neurology. 9: 629–636.

7)Chen H, Shi YY, Wei ML, Liu WY, Feng F. (2014). Chemical profile of the active fraction of Yi-Gan San by HPLC-DAD-Q-TOF-MS and its neuroprotective effect against glutamate-induced cytotoxicity. Chin J Nat Med. 12: 869-80.

8)Hisada T, Maki A, Katori M, Motoki K. (2014). Adverse drug reaction frequency investigation of TSUMURA Yokukansan extract granules for ethical use. Diagnosis and Treatment. 102: 1577–1589.