IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
ストレスの正体は?

 補完代替医療に属する療法の中には抗ストレス効果を目的に応用されているものが少なくない。アロマセラピーで用いられている精油には心身に対してリラックス効果を有するものがあり,行動薬理学的に抗うつ,抗不安といったような精神疾患に対する治療効果が期待されているものもある。精神的ストレスは,精神疾患の原因となる主な因子と考えられているが,こういったストレスが精神疾患を引き起こす詳細な機序については未だ不明な点が多い。しかし抗ストレス効果を有する代替医療アプローチの科学的メカニズムを理解するうえでも精神的ストレスの身体に及ぼす影響を理解することは重要である。そこで今回は精神的ストレスと精神疾患の関係について触れることにする。

 日本の精神疾患の生涯有病率が18.0%であるということは ,わが国において約5人に1人は一生涯に何らかの精神疾患を罹患する可能性を示唆している。厚生労働省が3年ごとの10月に全国の医療施設に対して行っている患者調査により,うつ病・躁うつ病・気分変調症等の総患者数は1999年までは44.1万人であったが,その後増加を続け,2008年には104.1万人と9年間で2.4倍に増加したと発表されている。これらの数字は医療機関を受診した患者のみ含まれ,潜在的にはさらに多くの患者がいると推測される。また,2012年,1年間の全国の自殺者数は2.8万人であったが,それまでの15年間は3万人を超えていた。

 自殺者の大多数は生前に精神疾患を罹患していたことが報告されており,その中で最も多いのがうつ病を含む気分障害である 。疾病負担の大きさを障害調整生命年 (disability-adjusted life-years: DALY) とよばれる指標を用いて表したとき,2020年にはうつ病は第2位になることが予測されており ,精神疾患が健康を害する要因として社会に大きな損失をもたらすことが懸念される。

 また,うつ病は米国精神医学会の診断基準 (DSM-Ⅳ-TR) では気分障害に含まれ,抑うつ気分,興味・関心・喜びの喪失,気力・意欲・活動性の低下,思考・認知障害などの症状を呈する。精神症状の他に,睡眠障害,消化器系障害,全身倦怠感などの身体症状を伴うことを特徴とする。一般的には女性に多くみられることが知られている。世界精神保健調査日本調査(World Mental Health Japan Survey: WMHJ)の2002~2003年調査では,女性は男性よりも12ヶ月有病率及び生涯有病率が約2倍高いと報告されている。うつ病の病因・病態について未だ不明な点が多いが,その発症要因の一つとして環境要因があり,精神的ストレスが大きく関わっているとされる。しかしながら,その詳細なメカニズムはわかっていない。

 ストレスとは,ストレス研究の開拓者であるカナダの生理学者Hans Selye博士がラットを寒冷刺激や外科的損傷などの外界刺激にさらすことによって引き起こされる症状を調べ,「生体は新たにおかれた環境に自らを適応させるための抵抗性を示す」とし,それらを汎適応症候群 (general adaptation syndrome) と名づけた 。これがストレス学説の出発点となっている。また,Selyeはストレスという言葉を「誘起的作用因子(ストレッサー)に反応する生体内の状態を意味するもの」としている 。生体はストレス反応に対して,2つの経路を担っている。それは,視床下部-交感神経-副腎髄質軸 (sympathetic-adrenal-medullary axis: SAM軸) と視床下部-脳下垂体-副腎皮質軸 (hypothamic-pituitry-adrenal axis: HPA軸) である。生体がストレスに曝されるとSAM軸では,視床下部を介して副腎髄質と交感神経からアドレナリン,ノルアドレナリンが分泌され,行動学的に攻撃または闘争・逃走反応を制御する 。もう一方のHPA軸もストレス応答に対して不可欠な役割を果たす5。それは,ストレスに曝されると視床下部より副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン (corticotropin-releasing hormone: CRH) を分泌する。CRHは脳下垂体からの副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone: ACTH)分泌を促進し,これが副腎皮質からのグルココルチコイド分泌を促す。ストレス刺激が過剰に伝わらないように,HPA軸の亢進は負のフィードバックによって,グルココルチコイドは海馬,視床下部と下垂体を介してCRHおよびACTH分泌を抑制している。しかし,ストレスが負荷され続けると,持続的なグルココルチコイドの上昇が認められる。うつ病患者の約50%は血中のグルココルチコイド濃度の上昇によるHPA軸の負のフィードバック機能障害が認められる 。そしてこれらはうつ病の軽快により改善されることが報告されている , 。このことから,HPA軸は外部の環境刺激に適応していくために必要不可欠であり,その機能破綻は精神疾患の発症に深く関与していると考えられる。

 ストレス軽減効果を有する代替医療アプローチが,上記のような生体のストレス応答機構のどこに作用するのかについては,今後の基礎研究の進展に期待したい。

【引用文献】

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2013/3/12