IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
ハトムギがきっかけ?

 1997年,我が国で初めて補完代替医療学に関する教育活動を行う日本補完代替医療学会(旧日本代替医療学会)が金沢で設立され,その後,補完代替医療に関する専門講座が金沢大学医学部に設立された。これらの動きで先導的な立場におられるのが金沢大学大学院の鈴木信孝特任教授である。鈴木先生は,産婦人科の専門医であるが,先生がなぜ伝統医学,サプリメント,ハーブ,アロマセラピーなど現代西洋医学以外の医療分野に携わることになったのかというと,そのきっかけがハトムギとの出合いだそうだ。先生がまだ30代半ば頃,能登の総合病院に一人医長で勤務していた時の出来事に端を発する。若い医師は自分の診療技術に絶大の自信を持って診療に当たることが多く,当時先生もまさにその一人だった。ところが,その自信を根底からゆるがす症例を目の当たりにした。この日午後から手術予定だった婦人科の患者で特殊な皮膚疾患のひとつが,きれいに治っていたことに気づいた。2週間前にあったあれほどひどい病変(「尖圭コンジローマ」という女性の外陰部にできるイボの一種)が消えるはずはない。当然,手術は中止,納得がいかない先生は文献を調べたり,大学の専門医に聞いてみたりしたが自然治癒はまれという。そこで,後日その患者さんに伺ったところ,「おばあちゃんが作ってくれたハトムギで治ったかもしれない」などと言う。そんなバカな!先生はおばあちゃんにハトムギの作り方を教わり,仲間で食べ,次に患者さんに飲んでいただいた。結果は予想をはるかに上回るもので,正に機能を持った食品の存在を実感した瞬間であったとのことである。先生は,大学に戻ってから薬学部の太田富久教授とともに研究を進め,おばあちゃんのハトムギだけがなぜこれほど皮膚をはじめとする扁平上皮領域のさまざまな疾患に効果を発揮するのか研究を開始した。とても興味深い話しである。今回は,このハトムギを取り巻く現状について簡単に紹介したい。

 ハトムギはイネ科の1年草作物で,原産地は東南アジアのインドシナ半島辺りと推定され,中国に伝わり食糧として栽培されてきた。ハトムギの美容効果は早くから知られ,宮廷料理の材料にもなった。我が国には江戸時代に中国から朝鮮半島を経て伝わったと考えられている。主にお茶として煎じて飲まれていたようだが、飢饉の時などは非常用食糧として活用されていた。ハトムギと呼ばれるようになったのは明治時代になってからで,そのワケはまさにハトが好んで食べたからだそうだ。ハトムギは,たんぱく質,脂肪,カルシウム,ビタミンB群,鉄,カリウムを豊富に含む,栄養価の高い食材である。80年代からその美肌効果が注目され,さまざまな加工食品が作られているが,ハトムギの効能は美肌効果だけではない。ちなみにハトムギの種皮を取り除いたものが,薏苡仁(ヨクイニン)という漢方生薬である。ヨクイニンは,古くから,消炎、利尿,排膿,鎮痛,むくみ(浮腫)への効用がある生薬として重用されてきた。リウマチや神経痛などの鎮痛にも使われるほか,最近は日焼けやシミ,そばかすなどに対しての改善効果にも注目が集まっている

 金沢大学の太田教授と鈴木教授は,ハトムギが美肌効果のある漢方薬として利用されてきた,その科学的な裏付けとなる4種類の成分(ポリフェノール系とアミノ酸系それぞれ2種)を種皮から抽出。この成分を活用することで,皮膚の様々な症状,特に顔のシワやシミの予防に生かせると考えていた。ラットの皮膚細胞にハトムギから抽出した美肌成分を与えたところ,与えなかった皮膚細胞に比べ,1.7倍も皮膚細胞の増殖が盛んになったことから,これらの成分が肌の新陳代謝を活性化していると考えた。実際に鈴木教授が臨床試験を行ったところ,ハトムギエキスを2ヵ月間飲んだ女性はシミが薄くなり,色が白くなったとのことだ。このハトムギエキスは「ハトムギCRDエキス」の名称で,製法特許を持つ。2012年1月,このハトムギCRDエキス入りのサプリメント「SARANI」が富山県JA氷見市から発売された。開発にあたり,昨年9月に全国約300人にモニターを実施。「化粧ののりがよくなった」,「保湿感が高まった」,「食後や就寝前に飲むとよい」などの感想が寄せられ,大きな手ごたえを感じたという。JA氷見市は鈴木,太田両教授との産学連携プロジェクトで,昨年6月に氷見産のハトムギエキス入り健康飲料「透白美人」を既に商品化している。JA氷見市総合企画部の話しによると,「SARANIは,健やかな美肌のための栄養機能食品。ハトムギCRDエキスの各種臨床試験などを繰り返し,その機能性を確認して完成させた商品で女性をコアターゲットにしており,皆さんに“さらに”美しくなっていただきたいという願いを名称に込めた」とのことである。

 能登のおばあちゃんが作っていたハトムギがきっかけとなり,科学的な裏付けを元にその抽出成分が現代人の健康に生かされようとしている一つの例である。科学する余地が残されている天然素材は,我々の周りにまだまだ多く埋もれているに違いない。

【参考資料】

農林水産省・食品地域ブランド化支援事業「氷見はとむぎ物語」
 http://www.ehatomugi.com/index.html

2012/2/8