IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
運動の作用機序

運動の不思議

 医療制度改革により昨年4月から,「特定検診」「特定保健指導」の実施が医療保険者に義務付けられました。それと共に,メタボリックシンドロームや生活習慣病に対する意識も高まり,予防や健康に対する人々の関心がこれまで以上に高まったと思われます。病気の予防や健康の維持に体を動かすこと,即ち運動が良いということは昔から知られていました。一般的に適度な運動で体を動かせば消費エネルギーが高まり、心肺機能が向上し,肥満や動脈硬化の予防などにつながると言われています。また,持続的な運動は基礎的な体力を向上させ,自然治癒力を高め,病気の治療効果にも寄与することが期待されます。更にはストレス解消により生体の恒常性維持にもプラスに働くと考えられています。それでは,運動がこれら心身の多くの生理機能に対し影響を及ぼすメカニズムについてはどこまで解明されているのでしょうか。運動のような機械的刺激が,生化学的な反応により構成されている体の生理機能にどのような機序で影響を及ぼしているのかについては,まだまだ謎の部分が多く残されています。ここでは運動の血糖低下作用について,その作用機序の一端を紹介します。

運動はインスリンの肩代わり?

 インスリンの代表的な作用に血糖のコントロールがあります。食後,一時的に上昇した血糖値が速やかに元の状態に戻るのは,糖の大半が骨格筋へ取り込まれるからです。これはインスリンの作用によるもので,組織細胞内の小胞に貯蔵されていた糖輸送担体(グルコーストランスポーター)がインスリンの作用により,細胞膜へトランスロケーションされます。その結果,骨格筋への糖の取り込みが増加します。インスリンに応答してトランスロケーションされるグルコーストランスポーターは,GLUT4と呼ばれ,骨格筋や脂肪組織のようなインスリン感受性組織に高発現しています。一方,運動中、骨格筋はエネルギー源として活発に血糖を取り込みます。当初、運動による糖の取り込みはインスリンの作用を介していると考えられていましたが,インスリン非存在下でも電気刺激により筋を収縮させることで糖の取り込みが促進されることが報告されました。その後,筋収縮はインスリンと同様に細胞内に局在するGLUT4を細胞膜へトランスロケーションさせることが明らかになり,しかもこのGLUT4がインスリン感受性貯蔵部位とは異なった場所に貯蔵されていることが見出されました(写真説明参照)。インスリンによるGLUT4のトランスロケーションには,やはりインスリンの細胞内情報伝達経路が関与していることが明らかになりつつありますが,筋収縮によるGLUT4トランスロケーションは,その情報伝達分子の一つであるPI3キナーゼの阻害剤ワートマニンでは阻害されないことがわかりました。つまり,筋収縮とインスリンは異なる情報伝達経路によりGLUT4トランスロケーションを引き起こしていると考えられています。運動によるGLUT4トランスロケーションの詳細な機序については未だ明らかにされていませんが,AMP依存性プロテインキナーゼや細胞内カルシウムの関与など解明に向けた研究が活発に進められています。
 Ⅱ型糖尿病患者では,骨格筋においてインスリン抵抗性が生じているケースが多いものの,骨格筋の働き自体に異常はありません。そのようなことからⅡ型糖尿病患者においては,運動療法が,血糖をコントロールするための有益な代替医療アプローチとして応用されています。将来的には,運動によるGLUT4トランスロケーションの詳細な作用機序の解明が,新たな作用点を有した抗糖尿病薬の創薬に重要なヒントを提供することでしょう。

Amira Klip教授と筆者

図1