IME 特定非営利活動法人 医療教育研究所 代替医療情報 光本泰秀教授
コエンザイムQ10とパーキンソン病

パーキンソン病について

 Parkinson’s disease(PD)は退行性神経変性疾患の一つで、臨床的には安静時振戦、筋固縮、動作緩慢、姿勢反射障害などの運動機能障害を呈し、病理学的には黒質-線条体ドパミン神経細胞の変性脱落と残存神経細胞中にLewy小体と呼ばれる封入体の出現が特徴である。黒質のメラニン含有細胞はdopamine(DA)を神経伝達物質とし、線条体に投射しているドパミン作動性神経がPDで特異的に減少するため、線条体のDA含量が顕著に低下する。黒質ドパミン神経細胞は加齢に伴いその数が減少することが知られている。このドパミン神経は70歳のヒトの場合では20歳頃のピーク時の70%に、線条体DA含有量は約50%に減少する。PDでは何らかの原因で、正常加齢を超える速さで神経細胞数が減少するために神経症状が現れる。線条体のDA含有量が20%以下に減少すると特徴的な運動機能障害が現れ、PDと診断される。PDでは神経症状が発現して診断が下る時点では、すでに黒質-線条体ドパミン神経の80%が変性脱落している。PDの進行抑制や発症予防を考える場合には、神経症状発現前の段階から、神経保護に有効な手立てが必要である。診断前の医薬品の使用は難しいため、PDの予防もしくは進行抑制に薬物治療以外のアプローチに期待が高まっている。

ミトコンドリア栄養素としてのCoQ10

 ミトコンドリア栄養素の一つであるコエンザイムQ10(Coenzyme Q10, CoQ10)は、脂溶性のビタミン様物質で、生物界に広範に分布するキノン構造を有する物質であり、酸化型のユビキノンと還元型のユビキノールの総称として呼ばれることもある。CoQ10は、体内に吸収されるとそのほとんどが還元型CoQ10に変換され、抗酸化作用を有するため、生体内では脂質の酸化を防ぐ抗酸化物質として作用する。さらに、CoQ10の重要性は、細胞内で最も酸素を消費するミトコンドリアに多く分布し、細胞内エネルギーのほとんどを産生するミトコンドリア電子伝達系の補酵素としての働きである。CoQ10は、複合体I(NADH-CoQレダクターゼ)または複合体II(コハク酸-CoQレダクターゼ)から複合体III(CoQ-シトクロムCレダクターゼ)の電子の授受に関与する。CoQ10はミトコンドリア呼吸鎖の活性を高め、ATPエネルギーの産生を高めるため代謝性強心剤として、基礎治療施行中の軽度および中等度のうっ血性心不全症状に対して適用されている。2001年、薬事法の「医薬品の範囲に関する基準」の一部改正に伴い食品としてCoQ10の使用が認められて以来は、疲労回復や肌荒れ防止を期待したサプリメントとして注目されている。CoQ10の大半は体内で常に生合成され、少量だが食品からも摂取しているが、加齢と共に体内の含量が低下する。

CoQ10はパーキンソン病の進行抑制剤になり得るか?

 PDの病因については遺伝的素因や環境因子が挙げられ、また両者が複雑に関与している場合など様々であり、未だ詳細については分かっていない。しかし、黒質-線条体ドパミン神経の変性脱落にミトコンドリア機能異常が関与するとの仮説が提唱されている。これまでにPD患者では,末梢組織中ミトコンドリアでのCoQ10レベルが有意に減少していることが報告されている。この点からCoQ10の補給は、ミトコンドリア機能異常と酸化的ストレスを改善することで進行性PD治療に役立つと考えられる。よって、CoQ10は、PDにおいて発症予防および進行抑制効果が最も期待されている代替医療アプローチの一つである。
 これまでに米国のParkinson Study Group(PSG)が中心となり、未治療のPD初期患者80人を対象に、PD症状の進行に対するCoQ10の効果を調べる臨床試験が行われた。そこでは、(1)プラゼボ群、(2)CoQ10を300 mg/日投与群、(3)600 mg/日投与群、(4)1200 mg/日投与群の4群に分け、投与開始前と投与開始から1、4、8、12、16ヵ月後に、Unified Parkinson Disease Rating Scale(UPDRS)というスコアによる評価を実施した。その結果、CoQ10を摂取した患者の血中CoQ10濃度は用量依存的に増加が認められるとともに、CoQ10を1200 mg/日投与群において16ヵ月後にUPDRSスコアの増加が44%有意に抑制され、統計学的に有意な神経症状の進行抑制効果が得られた(図1)。この試験では、CoQ10による明らかな副作用は認められず、その有効性と安全性が確認された。しかしながら、この進行抑制効果が、ドパミン神経の変性脱落を阻止したためか、単に神経伝達の改善が得られたためであるかについては明らかでない。今後,細胞及び動物レベルにおける基礎的研究でCoQ10の作用機序が明らかになれば,臨床的により有効なミトコンドリア栄養素の開発にヒントを与えるだろう。

パーキンソン病初期患者への補酵素Q10の効果

図1